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☆彡 ☆彡 ☆彡 今日は12月並の寒さになって、ちょっと冷たい雨も振り出して、 紅葉ミニツアーの初日としては少し残念。 それでも、ご予約どおり13名のお客さまが、お元気に集合時間にお集まりです(^_-)-☆ ☆彡 ボクはと言えば、ガチッとダブルのスーツに身を整え(もちろんヒゲもありません)、いざ出陣の構えで、仁王門の前、お二人のキュートな仲間の案内嬢に迎えられます(笑) もともと神社仏閣めぐりは大好きで、「流山市の名所旧跡」と言うサイトを作って遊んでいたころもありますし、幕末維新研究をしていたころは、その範囲は全国版に。 ですから、今回ツアーガイドをと言うお話をいただいて、少しスケジュール的にはムリはありましたが、「ひとつ返事」でお受けする背景は、あったわけなんですね。 一夜漬けではありますが、お借りした史跡本も一通り目を通しましたし、ネットでいろいろ検索して、知識を入れたつもりなのですが、 やはり、人前で「すらすらガイドする」と言うのは、経験と知識が身についてないと、にわかガイドだって、すぐバレてしまいますよねえ。 ちょっとそれが心配(ーー ![]() ☆彡 でも今日は、ツアー主催会社の社長さん(実はドンコ先生)がごいっしょしてくれますので、すごく安心です。 正直、ボクは「方向音痴」なので、あの広い本土寺の建物内を案内するなんて、至難の業なのですが…。 とは言え、なんとか初日はやりきれたかなあ〜〜〜 今日の本土寺ご案内 ・大玄関・方丈 いったん廊下で集合しましょう ↓ ・本堂 お客さま、携帯はマナーモードに致しましょう ↓ ・秋山夫人の墓 家康の側室「おづまの方」の墓 子の武田信吉の甥が黄門さま 周りのモミジは秋山紅 ↓ ・白雲楼 階段下りてすぐ左 一周周ってもとの廊下へ出ます ↓ ・三光亭 宝物殿の←を左入る 朝日の窓 月の窓(左手) 星の窓 紅葉の景色シャッターチャンスです ↓ ・宝樹庵 無駄のない茶道の精神を追及した建築様式 ↓ ・開山門 本土寺開山以来の門 開山二祖の日朗聖人以外は扉を閉ざす ↓ ・宝物殿(宝蔵) 昭和5年の建設 霊宝、什物、古文書等が納まる ↓ ・妙朗堂 日像聖人の生母「妙朗尼」のお姿を安置するお堂 ↓ ・弁天堂 紅葉の人気スポット 滝 藤棚もある 弁天池に映る紅葉 一周周ればお曼荼羅の世界です ↓ ・菖蒲池 花菖蒲5千本(あやめ、かきつばたではありません) 水の調整であじさいにあわせて咲かせます ↓ ・像師堂 日像聖人の生誕地 日像が彫った「親子相想(あいあい)の御影(お姿)」像あります 開運厄除、学業成就 ↓ ・乳(ちち)出(で)のご霊水 日像聖人が産湯を使われたと言われる井戸水 安産祈願、子授け成就 ↓ ・開山堂 美味しい懐石御膳で舌鼓 ☆彡 ちゃっかり、懐石御膳もいただいちゃいました(*^^)v |
広島焼と私
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脱サラ開業した広島お好み焼の店です。ときどきメニューやレシピを紹介していきます。さて繁盛店?
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☆彡 ☆彡 ☆彡 今日も、本土寺〜あぢさい寺をマナブクンして見ましょう(^_-)-☆ もう大概で飽きた、と言う方もガマンして読んでくださいなあ。 秋山夫人(於都摩の方)と水戸光圀(黄門さま)との関係 ・秋山夫人は甲斐の武田一族(秋山虎康)の娘で、徳川家康の側室となる。 ・それで生まれたのが家康の第5子である万千代丸、後の武田信吉(のぶよし)。 ・7歳のとき武田信吉は小金領主となるが、秋山夫人はその翌年その小金で病死する。 ・のちすぐ信吉は佐倉四万石に移封され、そこで11年間過ごした後水戸に移封される。 ・水戸に移封された信吉は翌年、無位無官のまま病死。 ・その後、水戸は信吉の弟、頼房(よりふさ)が着任し、三男の光圀が生まれる。 ・つまり、水戸光圀の伯父である信吉の生母が、秋山夫人。 ・光圀がたびたびこの松戸地方に鷹狩りに出かけ、生母の墓「日上の松」を発見。 ・寂れ果てた墓を哀れに思い、墓石を現在の地に建立した。 ・光圀は参道の松、杉の植樹にも力を注ぎ、以降本土寺と水戸家との関係はは密接なものとなった。 日蓮、日朗、日像、日輪の4人の聖人と本土寺との関係 ・皆さんご存知、日蓮聖人は日蓮宗(法華経)の宗祖。 ・その直弟子6聖人のひとりが、日朗聖人。 ・1277年、本土寺の前身、法華堂開堂供養の導師として、日蓮聖人の出席を願い出たが、都合がつかず、代わりに弟子の日朗聖人が導師を務めた。 ・よって、開祖は日蓮聖人であるが、開山は二祖の日朗聖人と伝えられる所以。 ・日朗聖人は平賀の「長谷山本土寺」、池上の「長栄山本門寺」、鎌倉の「長興山妙本寺」を開創したので、この3つの寺を「日朗一門の三長三本の本山」と言う。 ・日朗の父は平賀有国と言い、母は直弟子6聖人のひとりと言われた日昭の姉と言われる。 ・その母は有国の死後その弟、平賀忠晴と再婚し、日像と日輪を生んだ。 ・ゆえに日朗、日像、日輪は異父兄弟であるが、異説もあり真実は不明。いずれにしろごく近い親戚関係にあったことは間違いないらしい。 ・幼い日像は、日朗に弟子入りし、日蓮の教えも受け、のち京都での法華経の布教に重要な役割を果たす。一説には日蓮に次ぐ大聖人と言われている。 ☆彡 ☆彡 ☆彡 いよいよ明日からミニツアー開始。 緊張するなあ〜〜〜
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☆彡 ☆彡 ☆彡 今日の本土寺〜あぢさい寺をマナブクンは、ずばり、「紅葉」のお話。 ひと言で「紅葉」と言っても、いろいろあるらしいデス。 紅葉、こうよう、モミジ、もみじ、椛、かえで、カエデ、楓、etc… 紅葉の勉強を始めたら、呼び方、種類などややこしい話ばかりで、アタマが混乱してきましたので、それは専門家のサイトにお譲りするとして、 本土寺にある紅葉(もみじ)の品種のお話をしましょう。 本土寺のそのほとんどの紅葉(もみじ)は「大盃(おおさかずき)」と「秋山紅(しゅうざんこう)」であるらしい。 大盃(おおさかずき)は… オオモミジ系で、もみじの王様といわれる代表的品種。葉は深切の裂片が楕円形で、整った葉形に特徴があり、受け皿のように盃状に開葉するところが名前の由来。赤い葉額の中から黄緑色に芽吹きし、徐々に緑色を濃くしていく。この品種の見所は秋の紅葉で、<もみじの王様>と云われる所以であって、見事なまでに赤く染まる。 (下記の「にっぽんのもみじ」サイトから転載〜ゴメンなさい) 秋山紅(しゅうざんこう)は… オオモミジ系。芽吹きの葉色は主脈付近に黄緑色を残すが、ほとんど鮮やかな淡い赤橙色で、あたかも花が咲いた様。徐々に暗い黄緑色に変わり、秋には紅色〜紅橙色、日陰では明るい橙黄色がみられ、すばらしい紅葉が見られる。千葉県松戸市にある本土寺の秋山夫人の墓地近くに親木があるところから「秋山紅」と改名されたという。 (下記の「にっぽんのもみじ」サイトから転載) ですから、本土寺で「真っ赤に染まった」紅葉をご覧になったら、それは「大盃」という品種の紅葉(もみじ)と思っていただいて良さそうです。 大きい盃でお酒を飲んで顔が真っ赤になるので、この名がついたとも言われるようですが、実際には受け皿のように盃状に開葉するところが名前の由来らしいですね。 赤い葉額の中から黄緑色に芽吹きし、徐々に緑色を濃くしていく。この品種の見所は秋の紅葉で、<もみじの王様>と云われる所以、見事なまでに赤く染まる。 関東ではあまり見られなく、虫食いの被害も多かったものを品種改良して育てたもの。この品種もメープルシロップを作る品種と同じで「甘い汁」を出すらしい。 「秋山紅」は日当たりの良い葉からゆっくりと紅葉していくらしい。ひとつの紅葉の樹で朱色、黄色、緑色の三色の紅葉を楽しめたら、それは秋山紅でしょう。 秋山紅は「秋山夫人の墓」の周りに植えてあるそうです。この品種は京都から苗木を取り寄せて品種改良したため、秋山夫人に因んで、そのように名前を付けたそうです。 ぜひそんな知識でご覧になって、お友達にヒケラカして見ましょう(笑) さて、この写真、どちらの品種かな?????? ☆彡 紅葉について詳しくお知りになりたい方は、どうぞ下記のサイトをご覧ください。 ちょっとアタマをクールにしてね(*^_^*) |
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☆彡 ☆彡 ☆彡 ニチレンシュウホンザン ヒラガ チョウコクザンホンドジ と読みます。 これが、いまからマナブクンの「あぢさい寺」の正式名称。 特徴は? ・昔から「朗門の三長三本」と呼ばれた日蓮宗屈指の寺院である。 ・三聖人ご出生の聖蹟としても有名。 ・現在は、「花の寺」として親しまれ、桜、菖蒲(アヤメ)、アジサイ、紅葉の季節は参拝客で賑わう。別名「あぢさい寺」とも言われる。 ・水戸光圀公が改葬したとされる徳川家康の側室「秋山夫人」の墓所がある。 宝物、文化財等は? 戦災には会わなかったものの、明治維新の廃仏毀釈、またはそれ以前の受難の時代を経ているため、建物としての文化財はないが、霊宝等は宝蔵に保存されている。 ・三個の霊宝(大本尊一軸、宗祖袈裟、宗祖数珠) ・宗祖真筆諸人御返事一巻 ・大学三郎御書一巻(重文) ・宗祖真筆加判の御本尊(日朗聖人の花押入り) ・富城野御返事(千葉県文化財) ・梵鐘(千葉県下第二の古鐘、重文) など 開祖、ルーツは? 源氏の名門平賀家の屋敷跡と伝えられ、建治三年(1277年)に、領主の曽谷教信卿の協力により領内の地蔵堂を移して法華堂とし、日蓮大聖人より長谷山本土寺と寺号を授かった。 事実上の開山は二祖の日朗聖人(にちろうしょうにん)。 長谷山とは? 山号(さんごう)、寺院の名前の上に付ける称号。「ちょうこくざん」と読む。 朗門(ろうもん)とは? 日朗聖人が開基(かいき)した寺という意味。 日朗聖人は日蓮聖人の6人の直弟子の一人で、平賀家三兄弟の長兄(ちょうけい)と言われる。 朗門の三長三本とは? 「ろうもんのさんちようさんぼん」と読む。 ・長谷山本土寺 ・東京都大田区池上の長栄山本門寺(ちょうえいさんほんもんじ) ・鎌倉市大町の長興山妙本寺(ちょうこうさんみょうほんじ) の三つの寺を言う。いずれも「長」と「本」が付き、日朗聖人が開基した。 三聖人とは? 「さんせいじん」と読む。 開山二祖の日朗聖人、日蓮大聖人に次ぐ偉聖と崇(あが)められる日像聖人(にちぞうしょうにん)、池上本門寺、比企ケ谷妙本寺の大成者日輪聖人(にちりんしょうにん)のこと。 三聖人ご出生の聖跡(せいせき)とされていて、平賀家の三兄弟と言われるが定かではない。境内にある「像師堂」は日像聖人を祀ったもので、生誕の地とされている。 御利益(ごりやく)は? 開運厄除、乳出子育、学業増進、所願成就(しょがんじょうじゅ)など。 秋山夫人墓所とは? 甲斐の武田一族である秋山虎康の娘で、15歳で徳川家康の側室となった。名は於都摩。家康の第五子・万千代を生んだ。 万千代は、後に武田信吉を名乗り、1590年に小金城3万石に奉ぜられた。墓は信吉の甥である水戸光圀公が1684年に現在地に移設建立したものである。 今日はこのくらいでね。 ☆彡 せっかくなので、今日16日の本土寺、紅葉のピークはもう少し、です(^^♪ ☆彡
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☆彡 ☆彡 ☆彡 本土寺紅葉ミニツアーのハナシは先日しましたが、ほんとにボクは神さまも仏さまも「都合の良いとき」以外は信心しないのです。 6年半前、お店を出すときに店内を設計、コーディネートしてくれたのが福田さんというステンドグラス作家です。 ひょんなことからネットで知り合いました。彼も一流大学を出て(ここのところはボクと違いますが)、東○と言う一流企業から脱サラして、ステンドグラス作家へ転進。 まあ、ボクと同じで「無謀な挑戦」をした方なのですが、それで意気投合して、彼の大阪の実家の母上がお好み焼き屋をやっていることなどのご縁もあり、 ステンドグラスの製作も含め、いっさいの設計を彼に委ねたのであります。そういう意味では運命的な出会いをしたわけなんですね。 その彼とは、奥さま(当時の)の反対を押し切って無謀な脱サラを挙行した、と言う点でも似ているのですが、ボクと決定的に違うのは、彼は「信心深い」と言うこと。 それである日彼が、凛として「神棚はどうしますか?」と言ってくるので、とっさに「設置しましょっ!」と応じてしまったのです。 幸いに義母が○×教の信者でしたので、教主にお願いして神棚を設置しました。 それがコレです。 ☆彡 オープンして最初の一ヶ月くらいは、毎日拝礼拍手しておりましたが、そのうち神棚の存在すら脳裏から離れ、現在に至っております(ーー ![]() それでいて、起死回生の売り上げアップを「神頼み」してるのですから、ボクのご都合主義にはわれながら閉口してしまいますね。 昨日はその93歳で永眠した義母の一年祭(仏教では一周忌法要)が午前中ありまして、お店の昼営業をお休みして、新橋のお教会まで行ってまいりました。 それがコレです。 ☆彡 終わってからの献杯の儀がお目当て、と言うと不謹慎ですが、故人を偲ぶにはお酒の力は絶大なのでありまして、 お昼からちょっと飲みすぎてしまいました(*^_^*) さて、神さまの方はこれでちょっとひとまず置いといて、そろそろ仏さまのお勉強をしませんと、来週からのツアーガイドが心配になってまいりました(ーー ![]() 南無阿弥陀仏、 南無妙法蓮華経、 あれ、どっちだっけ??????? ☆彡 ☆彡 ☆彡
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