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大師堂安楽寺

 七宝山守護国界院安楽寺(大師堂安楽寺) 香川県丸亀市垂水町
 垂水小学校から約100m位東に行ったところに土地の氏神様である垂水神社がある。境内には豊かな森が広がっている。神社より西数十メートルの道端に古びた山門の両脇を白塗りの土塀で囲った質素な庵がある。空海(弘法大師)真作といわれる泥の大師像を本尊に仰ぎ「額取仁王」の名を持つ石の仁王二体を山門(仁王門)に安置する真言宗の代々の尼寺の安楽寺である。由緒ある庵でだが、時代の風雪に朽ちてか今では外観は民家と見間違えるほど。狭い境内に小さなお堂が一つあるだけ。
 赤穂浪士の一人で元禄十六年に切腹をした神崎与五郎(1666〜1703)の姪にあたる五代目庵主比丘尼真順が文政元年(1818)にしたためた連筆の「大師堂安楽庵之縁起」が同庵にある。それによると、空海が大同元年(806)に中国から帰朝。滝宮(現綾川町滝宮)菅原に嫁いだ妹の家へ行く途中、垂水を通り住民にせがまれ(頼まれ)て土地が水で潤うように垂水神社境内に「七宝山守護国界安楽寺」を建立。弥陀像三尊と水天龍王の像を刻んで安楽寺の本尊に安置。石の金剛力士像二体をつくって伽藍守護に当たらせたとある。
 その後、空海が満濃池を築造、都に帰る折「我れを慕う者この泥像を見れば現当二世安楽ならしめん」と誓って自ら加持○○の泥像をつくって都へ上ったとも伝えられ、その坐像がお堂の厨子の中に大切に安置されている。
 さて石の仁王だが、長和三年二月、善通寺の空海真筆の「善通寺」の額が賊に盗まれた際、石の仁王が追っかけて坂本(現丸亀市飯山町坂本)の峠で取り返した」といわれている。そのとき賊に左手を切られたといわれ、現に一体の仁王には左手がない。額を取り返した地を「額取の地」が「額坂」となり、近くには「にげた」の地名も残っている。
 西讃風土記(安楽寺仁王門に掛かっている額縁に入っている新聞)より。誤字脱字あり。
 安楽寺HP
 http://www.anraku-ji.or.jp
 
 写真は2012年12月11日撮影
 場所はワイワイマップ『空海ゆかりの地と四国八十八ヶ所+別格二十霊場のMAP』にスポット投稿します。
 
仁王門
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本堂
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石の仁王ん
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石の仁王あ
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