BLOG さぬき路

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小豆島八十八ヵ所第二十六番札所
寺院名:影現山 西明院 阿弥陀寺
宗 派:真言御室派
開 基:
本 尊:無量寿如来
住 所:香川県小豆郡小豆島町西村水木
電話番号:0879-82-0509
納経所:本寺
由 緒
 神代の昔、応神天皇がこの浜に上陸された伝説がある。その栄誉を留めて、御着が「水木」の地名に転じたという。
 近年まで、水木浜より対岸の田ノ浦半島に向けて渡船が往来していた。『二十四の瞳』に登場する大石先生は、ここより岬の分教所へ通っていたという。
 寺伝には、天平年間(729〜)僧行基が開基し、本尊に阿弥陀如来を安置す。説に像を彫刻されたと伝う。その後、元禄年間(1688〜)の再興。明治三十九年に、大正天皇が皇太子であらせられたとき、この島に立ち寄られた記念の駐蹕碑が境内にある。
 駐蹕碑について、島郡史は、「明治三十九年四月十日、呉海軍港よりの帰路、内海湾に仮泊、西村竹生に上陸し、阿弥陀寺において湾内の風光を貴観された。よって村人たちと計り、光栄を千秋の後へ伝えんが爲に建設したものなり」と記す。
 寺院の由来は「開基不詳。元禄年間の復興なりとす。現在の客殿は中興十三世文雅僧正の再建せし所なり、云々」とあった。
 文雅は、姓を多々羅という。長州萩で出家し、天保九年(1838)住職となる。当時はすこぶる荒廃し、堂宇は雑草に覆われて、風雨を防ぐにもこと欠いたという。そんななかで、鋭意復興に努め、弘化四年(1847)ついに諸堂を再建した。
 この間、文雅は仁慈に驚く、貧しい人には金品を施与することも、しばしばあった。また開墾、公益事業は進んで行い。時には私財をもって橋を架けるなどした。檀信徒の帰依はなはだ驚く、内海結衆の長者として常に推挙されたという。明治二十八年(1895)四月二十八日寝す。時に本山管長より権少僧正を賜った。当寺中興の祖となる。
 高台の境内は、築塀は五線を表す。これは最高の寺格を象徴するもので、資格がないと表すことはできない。名誉なことである。
 棟門の奥に本堂と新築の大師堂がある。一隅の大五輪塔は、延宝五年(1677)の建立。本堂の前に多層塔がある。層は、軒または庇を意味し、奇数に構えるのが一般的で、諸霊供養を旨とする。
文化財:
資 料:文は朱鷺書房刊小豆島八十八ヵ所法話と札所案内などより転載しました。
撮影日:2014年6月26日
近隣施設:小豆島は島全体が観光地、オリーブ園、道の駅「オリーブ公園」

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