BLOG さぬき路

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小豆島八十八ヵ所第八十四番札所
寺院名:洞口山・如意輪院・雲海寺
宗 派:高野真言
開 基:行基菩薩
本 尊:如意輪観世音菩薩
住 所:香川県小豆郡土庄町
電話番号:0879-84-2335
納経所:本寺
由 緒
 寺伝には、天平年間(729〜)行基菩薩が風波をこの地に避けていたとき、不思議な瑞雲を感じて、智波羅密菩薩の尊像を刻み開基した。大同年間(806〜)空海が島四国霊場開創のみぎり、密教弘通(ぐつう)の道場として札所に定められた。降って、寛永年間(1624〜)法印堪然の代に本尊を勧請、前の像を秘仏として胎内に納め、顕蜜二体よりなる希な本尊にして、「孕み観音」と称す。そして本尊の威光を弘布するために「如意輪院」と改称し、寺名は永遠の雲と交わる海域は広涼として、日揮に映える地客にしたがい「洞口山雲海寺」と号した。
 一方、町史によれば、延宝九年(1681)の福田八幡宮及び玉姫明神の棟札に、いずれも「当所雲海寺」とある。宝永六年(1681)小豆島村々寺々判帳にも、やはり雲海坊とある。江戸初期、既に隆盛した寺院であったことがうかがえる。
 宝暦八年(1758)の梵鐘の銘には、雲海寺阿闍梨法印龍盈の名を記す。この頃か、それより少し前に寺号を公称したようである。同寺の棟札によれば、明和元年(1764)法印龍盈の代に再建した。明治二年の廃仏毀釈で、福田八幡宮の本地仏・阿弥陀如来像をこの寺に移す。
 境内に、宝永六年(1709)島百姓一揆に際して、首謀者の平井兵左衛門一味とされて、正徳二年(1712)高松藩の牢獄で死亡した庄屋湊九左衛門の墓碑がある。また近世まで当村遠干浜にあった京都寺田屋騒動の勤王家・田中河内介父子の墓を移したとある。
 島郡史の方も概ね同じである。以下略

解 説:寺号は本尊を安置しる御堂。院号は僧衆が住む場所。山号は仏菩薩の威光を現す。
感 想:
資 料:香川県立図書館蔵 「朱鷺書房刊 小豆島八十八所霊場会編 小豆島八十八ヵ所遍路」などより転載しました。
撮影日:2014年6月26日
近隣施設:小豆島は島全体が観光地、

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