BLOG さぬき路

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寺 名:佐岡寺
本 尊:聖観音立像
創 始:
宗 派:真言宗善通寺派
札 所:
住 所:香川県仲多度郡まんのう町長尾1225-1
マピオンマップ↓↓↓↓

由 緒
 大同四年(809)に空海が開基したと伝えられている。往時は万福山薬師院崇福寺と称していた。佐岡山の南麓に東西200m、南北400mの広大な境内を持っていたと思われ、県道から50m進んだ地点に仁王門の跡があり、その西約100mの地点に〈大東西南標〉と刻まれた標石が残っている。
 境内に鎌倉時代のものと思われる十三重石塔の基部から七重までが残っている。(竹藪の中に有る=写真不明になりました。)
解 説:
 室町時代に近くの西長尾城に拠った長尾大隅守(代々長尾家の惣領が引き継いだ)の香華院であったと伝えられ、本堂の西(現神社の鳥居前を通り過ぎる。池の手前を左折します。)300mの松林(現竹林)の中に、長尾大隅守一族の墓と思われる高さ2m前後の五輪塔が三基建っている。 
 【佐岡寺の山中にある五輪塔。長尾大隈守は西長尾城を居城とし、室町時代・応安元年(1368)から豊臣秀吉の四国平定まで、200年以上にわたってこの地方を支配した。一族の墓と伝えられる三墓の五輪塔は、火輪などに古い様式を残し、貴重なものである。】
 天正年間(1573〜1592)の兵火に焼かれて慶長年間に再建し、貞享年間に寺号を佐岡寺と改めた。
 大宮神社の神宮寺として繁栄していた。
 明治四年の暴動で家を焼かれた戸長が、佐岡寺で事務を執っていたために、明治六年(1873)六月の西讃騒動で焼き払われた。この時、暴徒は仏像を近くの三宝荒神社に運んで、寺に火をかけたと伝えられている。こうして火難を免れた諸仏も、同年佐岡寺が廃寺となったので、慈泉寺に寄託されることとなった。
 昭和六年に佐岡地区の人々の尽力によって再興が認められ、今日に至っている。現在無住
文化財:
資 料:満濃町誌
撮影日:2015年7月15日・2016年2月6日
近隣施設:国営讃岐まんのう公園、満濃池、満濃森林公園、

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古い瓦
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