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第5章では20世紀の社会的・政治的変革の事例をいくつか紹介した。これらの変革は、原則・価値に基づく熱望によって覚醒した大衆による運動によるものだった。こうした精神的覚醒は、インドのガンジー、アメリカのマルチン・ルーサー・キング牧師、南アフリカのネルソン・マンデラのように、偉大な道徳的権威を持った精神的指導者から生み出されるものだ。彼らは皆人類共通の良心に訴えるという普遍的な真理を渇望した者たちで、世界各地のコミュニティーを動かし大きな社会的変化を巻き起こした。そしてその変化は、インドの独立やアメリカの黒人公民権確立、南アフリカのアパルトヘイトの終息を導いた。
インドのガンジー
アメリカのマルチン・ルーサー・キング牧師
南アフリカのネルソン・マンデラ
これを成すために彼らは、人種、宗教、政治などにおける自分のアイデンティティーと思い込みを乗り超えなければならなかった。ガンジーは、彼が生涯信仰してきたヒンドゥー教の枠組みを超えた活動を行い、その結果ヒンドゥー教過激派の青年の銃弾により倒れた。キング牧師は、黒人やバプテスト派の牧師としてではなく、より大きな社会の代弁者となった。ネルソン・マンデラは、青年時代の過激な政治的見解を超越し、黒人と白人すべてを包容することで、自身の自叙伝において「民族の自由への渇望が、白人と黒人すべての人々の自由への渇望となった」と告白した。
彼らは自らの人種、民族、宗教的背景を超越することで、道徳的権威を備え実現すべき普遍的真理を訴えた。だからこそ彼らが伝えたメッセージは、多様なバックボーンを超えて、すべての人々の良心に響き渡ったのだ。つまり彼らは、特定のグループの利益のために語ったのではなく、私たち人類に向けて語ったのである。今日の世界はまさしくこのような人物を必要としている。民族、宗教、人種の枠を超えて、すべての人々が「One Family under God」の一員という永遠の真理の唱道者となり、平和の担い手となる必要がある。
*コリアン・ドリーム「 精神的指導者VS宗教的指導者 」中から抜粋
教理を歪曲して政治的に解釈する急進的宗教は、全世界の偉大な宗教の伝統を直接脅かしている。アイデンティティーに根差したこのような葛藤は、中東の例のように衝突を巻き起こし、迫害とテロによって他宗教を過激化させる素地をつくり出す。されにこれらは、西欧社会の平和と安定を脅かすのみならず、核物質が過激はグループや国家の手に渡る危険性を高めることにもつながる。宗教の旗印の下、暴力的急進主義は行動を正当化しようとする。その主張そのものが間違っていると明示する宗教指導者が必要だ。暴力は、宗教本来の精神や根本原理、価値から全く反していることを、彼らに示さなければならない。
そのためには宗教指導者自ら、自分の属する特定宗派の垣根を越えて全人類の幸福を願う必要がある。これこそが、精神的ならぬ政治的目的のため、教理を歪め信仰心を奪おうとする過激派分子に対抗する唯一の手段である。信仰ある人々はこの時代の平和の担い手となるため、過激派の意志とは反対に普遍的な原則を体現し、各宗教の創設者が教える価値を実践することに懸命であるべきだ。
この点が、精神的指導者(スピリチュアル・リーダー)と宗教的指導者(レリジャス・リーダー)を区分する基準となる。精神的指導者は、伝統的な宗教指導者の役割を越えて、創造主である紙に仕え、全人類に奉仕する人である。
*コリアン・ドリーム「 精神的指導者VS宗教的指導者」中から抜粋
北と南の 根源的な共通のつながり
何が北と南の人々に関係を結ばせ、共通のアイデンティティーを発見させるのだろうか。脱北者は、しばしば南において歓迎されていないと感じ、そこでの生活に適応することに葛藤する。過去64年の分裂を起こした政治的、そして思想的な論争より、もっと根源的な共通のつながりがつくられなければならない。過去に根差して未来を規定する、根源的な大志と原則、価値を見出すことにより、右と左の相克的な体制を超える第三の道が必要だ。それがコリアン・ドリームであり、弘益人間の哲学に根差した共通の歴史と文化であり、それによってすべての人間の本来の価値が尊重され繁栄する。
多くの脱北者は、過去の歴史、そして現状のせいより人に対する不信感がとても強い。だが同時に、多くの脱北者との最近の再会の事例から、家庭における伝統や孝の精神は、まだ北朝鮮の人々の胸中に生きているのをはっきりと見て取ることができる。離散家族との再会で、韓国と北朝鮮の家族が家計図を更新して交換する時、彼らは同じ民族であることを明確に理解する。北朝鮮から参加したとある人は、韓国で亡くなった両親の葬式を、彼らと共に住んでいた妹に任せきりにしたことが常に気に掛かっていたと言い、今後は長男である自分が墓参りをする番だと語った。また別の参加者は、母が亡くなった時や弟妹の結婚の際、本来自分が兄としてすべきだったことができなかったと、韓国にいる親戚に謝った。こうした最近の離散家族再会の事例を通して、家庭における伝統や孝の精神が、北朝鮮に住む彼らの胸の中に今も行き続けていることを、はっきりと見て取ることができる。
家族間の心のつながりは、数十年にわたる歳月の別れと、政治制度と生活様式の違いにもかかわらず、より深いものとなった。とある北朝鮮の詩人は、離散家族再会の席で出会った弟に「お互いの国の思想は違うとしても、我々がお互いを抱き合い流す涙と、温かい血は同じではないか」という言葉を残した。また現在、北朝鮮でひとり暮らす兄を心配する韓国からの参加者は「私たちの希望は統一が早く実現し、お互いの家を行き来すること」だと語った。このような話は、朝鮮民族の胸の内に共通の心情があり、いかなる思想や文化の違いをも超える歴史的・文化的遺産の上に立っているということを示すのだ。これがまさに南北コリアをひとつにし、コリアン・ドリームを実現する土台となるのである。北朝鮮の多くの民が耐えている非人道的条件を知れば、統一は道徳的な命令となる。統一なくしては、圧倒的な金正恩政権は、自らの民に対して、地域に対して、世界に対して脅威となり続ける。
*コリアン・ドリーム「北朝鮮の悲劇」中から抜粋
不義に対する道徳的責任
私はソウルで脱北者と仕事をする団体を始め、彼らが南での生活に適応できるように援助した。私は脱北者の多くと出会い話をした。私が設立した団体の活動を通して数年前ソウルで出会った39代半ばの脱北者女性は、夫に死後、生活の苦しみに耐えられず北朝鮮を脱出したが、息子を一緒に連れてくることができなかったという。幼い息子を連れて出るには国境周辺の監視が厳重で、その勇気が持てなかったと涙を流した。韓国での暮らしは厳しいが、それより遥かに別れた子どもに対する心痛のほうが、彼女には大きかった。
彼らと話す中で、南での生活が脱北者に残した深い傷と解消されない痛みを認識した。彼らは、信頼することも公の場で話すことも困難に感じている。このような内容が、私が援助しようとしている問題の一部だ。
今日、韓国が抱える悲劇は、脱北者の多くが韓国でも孤立と差別を経験するということだ。有用な技術を習得する機会すらないまま、韓国の熾烈な競争社会に適応しなければならない負担に加え、特に北朝鮮のスパイ扱いを受けることもあるという。また彼らは、大学への特例入学を認められても、周囲からやっかみを受けることがあるそうだ。脱北者の多くは、最初の職場で同僚との人間的不和が原因で仕事をやめてしまうケースが多い。こうした経験を積み重ねながら、少しずつ北朝鮮出身という事実を隠して生きていく術を学んでいく。
いくつかの側面から紹介したこのような事例は、現在の北朝鮮や韓国社会において、枚挙にいとまがない。脱北者の一人であるイ・ヘス氏は「真理や人権といったものに対してなんら知るすべもなく、彼ら(北朝鮮の住民)は鉄格子のない監獄の中で生きている」と語った。生存権を剥奪された平凡な彼らに降りかかるこの膨大な規模の反人倫的悲劇に対して、韓国国民はずっと他人事として見て見ぬふりを続けるのだろうか。
1994年のルワンダ集団虐殺事件以降、アメリカや国連にはこのような惨事の防止という点で深い自己反省があった。2014年5月、シリア内戦による死亡者数は16万人に達した。アメリカ政府は、更なる人命被害を食い止めるためにもっと積極的な行動に出るべきだという、多くのアメリカ市民・人権団体から圧力を受けている。たとえ遠く離れていたとしても、アメリカ人はルワンダ、シリア当地における不義の犠牲者を助けるため、何かしなければならないという道徳的責任を感じるのだ。
それと照らし合わせた時、どれくらいの韓国人が北朝鮮の住民たちに加えられる不義に道徳的責任を感じているだろうか。彼らは同じ民族として、同じ言語を話し、同じ歴史や文化を共有する、親戚とも言える存在だ。同じ民族である北朝鮮民が置かれている非人道的な環境に対して、すべての韓国国民は責任を共有すべきなのだ。
*コリアン・ドリーム「北朝鮮の悲劇」中から抜粋
北朝鮮の孤児と脱北者の実情
脱北者の多くは、食糧を得るために国境を越えて中国へ渡った人々だった。現在アメリカで生活している25歳のチョ・ジンへ氏(仮名)は米議会において北朝鮮の人権侵害に関する証言を行った。1998年、彼女の父は食糧を求めて国境を越えて中国へ渡ったが、すぐに捕らえられて投獄され、10日にわたる拷問を受けた。彼女の母もまた「犯罪者」の妻という理由でひどい殴打を受け、2ヶ月の間立つこともできなかったという。彼女は中国で逮捕され、2002年から2006年の間、4回も北朝鮮に送還された。そして刑務所の看守による度重なる暴力と空腹に耐えながら、不衛生な環境下で日々を送ることになった。
当時14歳だった彼女は、自分がなぜ、よりにもよって北朝鮮という地で、それも女として生まれたのかを自問する日々だったという。彼女によると中国へ渡った16歳以上の北朝鮮人女性の中のやく80パーセントは人身売買の団体に売られ、婚期がすぎたり障害があったりする中国人男性と強制的に結婚させられたり、売春を強いられたりするという。その話の中には、女性一人の売値が300ドルから4700ドル以上で取引されるという詳細な説明もあった。一部の人身売買団体は、中国への脱出の手助けをするふりをしながら、脱北するや否や、直ちに彼女たちを売り飛ばすという。
また、とある人身売買犯は追跡犬を使って国境を越えようとする女性を拉致するという。このようにして捕らえられた女性たちが、中国で助けてくれる場所を探すのは実に困難だ。身分を証明するものもなく、中国の警察に捕まれば再び北朝鮮に送られ、地獄行きを免れないためである。チョ・ジンへ氏の話によると、彼女が北朝鮮に送還された時、そこで一緒にいた女性の中には中国人の子を妊娠している者もおり、彼女らは最も原始的な方法による強制堕胎を受けたそうだ。
北朝鮮において子どもたちは早い段階で大人にならざるを得ない。「ミスター・パク」という通り名を使用するとある脱北者が、アメリカ・コネチカット州のジャーナリスト、シェイコ・リウに告白した内容によると、警察が、商店と学校の門を閉め、全員公開処刑場に行くように命令したことがあるそうだ。そこは、国営農場の家畜を盗んで発覚した人間を、公開処刑する場所だった。彼はクラスの友人と共に、このような光景を何度か見たことがあるといいながら「このような恐怖が、私の知るすべてだった」と語った。
北朝鮮の孤児たちの生活はさらに悲惨だ。CNNで放映されたことのある19歳のユンヒは、8歳のときに母に捨てられた。その後10年間ホームレスとなり、道端で生活しながら物乞いをしたり、人の仕事を手伝ったりしながら、日々の生計を立てていたそうだ。彼女はある日、付き合いのあった幼馴染の家を訪ねたところ、家族全員が飢えて死んでいたのを発見したという。また別の孤児であるヨセフも13歳という若さで捨てられ、ユンヒと同じような生活を送っていた。彼は「希望といってもたかが知れている。それは次に漁るゴミ箱には食べかすのひとつでもあればいいという程度のものだった。しかし、ない場合のほうが多かった」と語っている。
北朝鮮という苛酷な国から脱出することに成功したとしても、すべてが解決するわけではない。彼らにはまた違った形の苦痛が待っている。脱北者の多くは北朝鮮に残してきた家族に対する途轍もない罪悪感に見舞われる。親兄弟へひと言もなく、飢餓に苦しむ家族を見捨てて自分だけ逃れてきたことに対する後ろめたさ、自分の脱北行為によって家族に懲罰が及ぶ可能性を思うためだ。
*コリアン・ドリーム「北朝鮮の悲劇」中から抜粋