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「なに笑ってんの?」
カミュに触れようとしたけど、劇場のアナウンスを思い出して、思いとどまった……などとは言えず、
「なんでもない……」とごまかしながら、言葉を続けた。
「踊り子になるって言ったけど、いつから?」
「んー、デビューは多分5月、ゴールデンウィーク明けかなぁ?ダンスレッスンしないといけないし。
子どものころにバレエやったくらいしか経験ないから、どうなることか、ドキドキする」
「そうなんだ、大変だね」
「でも今は、楽しみな気持ちが大きいかな……あ、そうそう、昨日女性のお客さんいたじゃん?
あの人たち、元踊り子だったり、振付師だったり、ストリップに関わる仕事している人だったんだよ。
昨日、色々教えてもらっちゃった」
「へえ……」
僕は相槌を打つしかできなかった。
カミュは、僕が考えているよりも、ずっと繊細だった。だけど、僕なんかよりずっと大人で、
ずっとしっかりしていた。
「デビューしたら、観に行くよ。ファン第一号として」
僕が言うとカミュは笑った。
「ありがとう。ハクモトさんも、リボン投げてくれるって」
「うわー、じゃあ、ハクモトさんがファン第一号なのかぁー」
ハクモトさんに最初に教えたんだから、しょうがないとは思いつつも、僕がカミュのファン第一号になりたかった。
ちょっと悔しい。
「ううん、ファン第一号は、ケーチだよ!ハクモトさんはリボン第一号になってもらう」
カミュは言って、手を差し出した。
「これからも、よろしく」
「うん、こちらこそ」
僕は、カミュの手を握った。そうか、踊り子の身体に触れてはいけないけど、握手はしていたよな……
そんなことを思いながら。
「……ケーチ、もうちょっと、散歩しない?」
カミュは立ち上がった。僕も一緒に立ち上がる。カミュが手を握ったままだったからだ。
「うん、そうしよう」
僕とカミュは、手をつないだままゆっくりと歩いた。
時折、桜の花びらが、はらはらと落ちる。
ハクモトさんが、ふたりそれぞれの未来に、祝福のリボンを投げているようだった。
終
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桜咲く
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「私も、もしかしたら、夢のような現実の世界を作ることができるかもしれない。
そう思ったら、踊り子をやってみたくなった」
僕は、ただ相槌を打つしかできなかった。
カミュがこんなことを考えていただなんて。僕が現実逃避をしていることにも気づいていただなんて。
そして、僕がRXで働くことを決めた時、同じように踊り子になることを決めていただなんて。
そこまで考えて、ふと思う。
「あれ、でも、そうしたら4月からはどうするの?会社は……?」
まさか僕のように、就職先が見つかっていないとは思わなかったので、僕は聞いた。
返ってきた答えは意外なものだった。
「だから言ってるじゃん、ケーチと一緒だって。ずーっと死ぬつもりだったから、なんにも未来のことなんて
決めてなかったよ」
「そう、だったんだ……」
「もっと言うとね。私、誰からもカミュなんて呼ばれたことないの。みんな上岡さんとしか呼んでくれなかった。
いじめられてはいないけど、友達なんていなかったし。小学校からずーっと付属だったから、新しい出会いなんてのもほとんどなくて……それでもひとりになるのが怖くて、ずっと誰かと一緒にいた。
今回はじめて、ひとりで行動した。そしたら、ひとりでも怖くないって分かった」
カミュは堰を切ったかのように、話を続ける。思いをずっとため込んでいたのかもしれない。
「もしかしたら、ひとりなら、自分がなってみたかった自分になれるかもって思った。
実際そうなれたつもりだったけど、ストリップは、私に現実を突きつけた。
おねえさん達が、すべてを晒して、私に現実を教えてくれた。
だけど、それと同時に、現実も夢のような場所にすることもできるって教えてくれた」
そこまで言うと、カミュは僕に笑顔を向けた。
「つらかったけど、今は大丈夫」そう言っているみたいだった。
僕は、なにも分かっていなかった。
カミュも、僕と同じ、いや僕以上に悩んでいたんだ。
カミュからこうやって告白されて、初めて気づいたことが、恥ずかしかった。
「なんか、ごめん。カミュはずっと、明るくて、何の悩みもないような子だと思ってた……」
僕がそう言うと、カミュは笑った。
「だってそれが、私の理想とするカミュの姿だもん。そう思われるように過ごしてたもん。
でも、ケーチが本当のこと言ってくれたから、私も話したんだよ」
「そっか……」
カミュの告白を聞いて、僕は、カミュを抱きしめたくなっていた。
抱きしめて、慰めたかった。
だけど、カミュは僕に抱きしれられて、慰められるなんて望んでいないだろう。
抱きしめられ、慰めてもらいたかったのは、僕の方だ。
僕たちは、ベンチに座っている。ふたりの間にある、微妙な距離。
だけど手を伸ばせば、カミュに触れることができる……
「踊り子さんの肌や衣装には触れないでください」
ふと、マーク劇場のアナウンスを思い出してしまい、僕は少し笑ってしまった。
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カミュがずっと僕のことを見つめたままでいるので、僕のどきまぎは更に加速した。
「なんだよ……」
照れ隠しにカミュから目線を反らし、小さくつぶやく。
それでもカミュはこちらから目を反らさず
「さっきね、ハクモトさんにも話したんだけど……」
そう言って、カミュは僕の耳元に顔を寄せ、口元を手で隠した。
カミュが近づくと、ふわっといい香りがした。
「踊り子に、なるんだ」
カミュが小さく囁いた。
周りには誰もいない、だから、わざわざ耳元で囁く必要もない。
だけどこうやって、こっそりと打ち明けてくれるのが、一番効果的なんじゃないか。そんなカミュの告白だった。
僕は、相当にびっくりした顔をしていたようだ。
カミュが、ぷっと吹きだして、ケタケタと笑い始めた。
「そんなに驚かなくても、いいじゃんよ」
「いや、驚くよ。驚くってば」
僕は、ハクモトさんとの別れ際に、突然駆け出したカミュを思い出した。
そうか、あの時も今と同じ告白を、ハクモトさんにしていたんだ。
「……ケーチはさっき、卒業旅行じゃなくて、現実逃避って言ってたけど、私も同じだよ」
そこでカミュは言葉を区切った。ちょっと切なそうな顔をしている。
「だってさ、卒業旅行って、普通、友達と海外とか、近場でもディズニーとか行くもんじゃない?
地方の人が東京に、東京の人が地方へのひとり旅なら、まだ分かるけど、私もケーチも違うじゃん」
この言葉は、僕も、そしてカミュ自身にも、効いた。ぐさっと刺さる現実だった。
カミュは、少し声を震わせながらも続ける。
「……だからケーチも、私と一緒だなって思ってたよ。死んじゃえばいいって思って、現実逃避しているって」
僕はずっと、カミュはあっけらかんと無邪気に過ごしているようにしか見えなかった。見てなかった。
だけど、僕と同じように悩んでいただなんて。
「……だからきっと、ハクモトさんは、私たちをストリップに誘ってくれたんだよ」
「え……」
「ストリップって、夢のような場所だけど、めちゃめちゃに現実じゃん。リアルじゃん。
ハクモトさんは、夢のような現実もあるってことを、教えたかったんだと思う」
「……」
僕は、ハクモトさんに色々教えてもらったと思っていた。でも、まだまだ理解していなかった。 |

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もちろんふたりの話は、過去だからこそ、今となっては面白おかしく話せるのだろうけれど、
現実は大変だったのだろう。
「こういう業界だから、休みは不定期だし、夜勤もある。すぐにやめてしまった社員もいる」
そんなマイナスの話もしていた。
「新卒を正社員にする前例がまだないので、1年後に正社員になることを見据えての契約社員はどうか?」
とアルバイトと契約社員の勤務条件を並べて、検討もさせてくれた。
すべての言葉を、そのまま受け止めていいとは思っていない。ホテルや飲食業に興味があったわけでもない。
だけどとりあえず1年、ここでやってみよう。そう決めた。
親にも電話し「明日帰る、しばらく実家暮らしをさせて欲しい」とお願いもした。
オンザロックスに泊まってから、ずっと着信も拒否し、メールも既読にはさせるが、ずっと返信をしていなかったので、僕が連絡してきたことに、とりあえずは親も安心したようだ―
「ずっと、オンザロックスに泊まって、ストリップを観て、ハクモトさんたちと話をして過ごしたかったけどね……」
カミュが僕の話を聞いて、どう思うかは分からない。だけど僕は本当の自分のことを話し続けた。
「でも、今日で終わり。カミュと一緒で楽しかった。ありがとう」
「カミュ」初めてその呼び名を口にした。
ものすごく緊張したが、それを悟られないように、自然に言った、つもりだ。
だけど、それに対してカミュは何も言わず、ただ、桜の木を見上げていた。
「そうだ」
カミュは突然つぶやくように言うと、バッグを開け、写真を何枚か出した。
すぐに分かる。踊り子の写真だ。カミュの好きなトップの踊り子が、膝立ちでポーズして、写真におさまっている。
「これ、見てみて」
渡された写真の裏面には、びっしりと文字が書かれていた。
僕は、いいのかな?と思いながらも、その写真を受け取った。
カミュちゃんへ
今回は、一番最初にお姐さんからもらった「RAKU」をやっています。
「落」と「楽」ふたつの意味があるんだと、教えてもらいました。
とても好きな演目ですが、お姐さんの表現にはとても追いつけず、
未だに試行錯誤しながら踊っています。
カミュちゃんなりのRAKUを感じてくれると嬉しいです。
女性が観てくれるのは、本当に励みになります。ありがとう!
「……ね、真面目でしょ?私、あの人の踊りみて、めちゃめちゃに感動したのに、
本人はまだ試行錯誤してるって、すごいよね」
「うん、本当だね」
「でも、これを読んで、なんでこんなに感動したのか、分かった気がする……
言葉ではうまく言えないけど。でも、どんな場所でも、頑張ろうって思ったよ」
「うん、僕も頑張らないとな」
「……」
カミュが、少し困ったような、だけどどこか大人びた笑顔を向けた。
同じ年とは思えないような表情だった。
昨日、ぼろぼろに泣いていたときは、子どものようだったのだが。
僕はその表情に、どきまぎする。
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僕はカミュを連れて、いつもの河原に向かった。
ハクモトさんと別れたあと、僕はカミュに、この河原で撮った桜の花を見せた。
そしたら「見に行きたい」とカミュが言ったのだ。
「すごいね、満開だね。知らなかった、こんなところに桜並木があるなんて」
僕たちは、桜の下にあるベンチに座った。
昨日よりもさらに、花は開いていた。今がピークかもしれない。
風が吹くと、花びらが時折、はらはらと落ちた。
「思い出すね、昨日のこと」
トリの踊り子の引退作も、桜をテーマにしていた。
豪華な衣装、艶やかな踊り子の姿、そしてハクモトさんが放ったリボン。
盆の上に舞った、桜の花びら。
そして最後、紙吹雪が散る中でのオープンショー。
そんな光景が、昨日からずっと、頭の中にあるような気がする。
カミュも同じなのか、桜を見上げながら、そう言ったきり、黙ったままだった。
「明日、チェックアウトするんだ」
僕は言った。そろそろ、この現実逃避の生活を終わらせないといけない。
死ぬことは、やめたのだから。
カミュはちらっと僕をみた。だけどまた桜に目を戻した。そして言った。
「私も、だよ」
僕とカミュの間には、微妙な距離と、微妙な静寂があった。だけど僕はそれを無視して、言葉を続けた。
「……自分はさ、これは卒業旅行でもなんでもなくて、だたの現実逃避でさ。お金が尽きたら
死んじゃおうか、なんて思ってた」
僕は、カミュのほうを見ないで話した。こんなことを言ったら、幻滅されるかもしれない……そんなことを
思いながらの話なので、顔を見るのがちょっと怖かったのだ。
「でも、ようやく現実が見えてきて。死ぬなんて、本気で思ってもいなくて……」
そう思ったきっかけがハクモトさんだったことは、言わないようにした。
それを言ったら、ハクモトさんが倒れたことまで、話してしまいそうだったからだ。
あの日のことは、話すべきではない。誰にも。
「……オンザロックスを運営している会社、RXっていうんだけど、そこの契約社員になることにした。
まだ決まってないけど、系列のホテルで4月から働くことになると思う」
昨日、履歴書を書いたあと、マスターに相談した。
そしたら、たまたま人事担当者が近くまで来ることになっていて、急きょ面接をすることになった。
スーツを持っていなかったので、最初は断ろうとしたが、相手も今日はスーツ着ていないから、
むしろそっちの方がいいとマスターに言われたのだ。
オンザロックスの食堂で、コーヒーを飲みながら、面接をした。
正社員の企業面接ではないとはいえ、気軽すぎる雰囲気だった。
人事担当者も、マスターの言う通り、シャツにチノパン姿で来たし、最初はマスターも交えての雑談から
始まった。
ふたりは大手ホテルで、シェフとバーテンダーとして働いていたという。いずれ自分たちで店を作りたいと思うようになり、レストランやバーなどの他形態の店を経験しているうちに、RXの社員に出会ったという。
何の後ろ盾もないまま、小さな店をやるよりは、もっと大きなことができるかもしれない、そう思って
RXに転職を決めたのだそうだ。
ちなみに、そこで出会ったRXの社員は、今は社長になっていて、それがきっかけでふたりも
取締役になったと言った。
冒険談のようなふたりの話は、聞いているだけで楽しかった。
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