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兎に角、足首は、ブラブラ、半割りギブスの上に、ところどころ、結んだ状態、しかも身動きするたび、
、いや身動きするのも 痛いけです。こんな中で、おやすみなさい! といわれても・・・・??、
それでも、痛み止めが効いたのか、眠ったらしく(いつ眠ったのか記憶にない・・・)、確かいや〜な夢
で、目を覚ました記憶があります。 尿瓶で用をたしてる処に、看護婦さんが、いかがですか?・・・?
(いかが?の訳? ないだろう!)、−−−でもここは冷静を装い、期待をこめて、今後の治療方法等、
事、細やかに、質問、また依頼以来したものでした。・・・???当の看護婦さんは、ハイ わかりまし
た。お伝えします。ばかりで、担当医の先生の名前も、知らないのか、居ないのか?、先生は今、お忙し
いの一点張り、(ひょとしたら、あの子供事件の・・・張本人?・・・忙しい訳だ!・・???などと
思い巡らしたり?)おかしい。 本来なら、私の妻も、子供も来て、ヘルパー(A.Y)さん にも
担当医に来てほしい旨、お願いしているのに顔も、名も教えない、それが、入院2,3,4、・・・5,
6日 のらり、くらりと そのお忙しい先生は一度も診にこないんです。そして 常に不在 信じられな
い話です。 私の足首は何の治療もされず、先生からの指示?とかで、消毒をしに来るだけです。 私の
足首は皮と肉と一部切断された筋肉と、神経・・・診断は、(粉砕骨折・・・転院先の診断)、骨折の
際、衝撃で、骨が左足くるぶしの上を突き破り、足首は見事にL型・・・。格好が悪かったので、事故現
場で、自分で、元に戻したのが、いけなかったようです。万が一、このような場合は、そのままにして救
助を待つようにしましょう。もし、悪い菌があったら、全身に廻り、命取りだったそうです。 でも、転
院先の担当医にチョピリほめられました。 消毒をちゃんとさせたのが良かった・・・と。
そうです。このほんとうに、こんな病院、あっていいのか病院 その名は○伊豆救急指定病院 を 命か
らがら脱出できたのです。それは、平成元年11月17日でした。(救急車で運び込まれたのが、11月10
日昼過ぎでした)。
救急者で入院 一週間もほったらかし、いつ骨を繋ぐ手術をするのか? の 当然な質問にも、様子を
みながら・・・、今先生は忙しい、そして、転院するからとの申し出に、看護婦さんの驚きの説明、「転
院なさらぬ方が、いいですよ。「うち(○伊豆病院)は、良い温泉とリハビリ提携して居て、患者さんの
皆さんは、退院後そこでお過ごしできるンですよ。」と真顔で言うンです・・・???絶句です。
どうなってるの? この病院、A.Yさんも さすがにあきれ返ってました。 ついにA.Yさんも
やはり、転院したほうが良いと思います。 お手伝いいたしますから・・と見方について戴き、早速転院
の空き室を確認するよう、妻に連絡を取ってもらい、又。私設寝台車の手配、明日早々に転院する事にし
て、Y.Kさんにカルテを出してくれるよう依頼・・・しかし、カルテは出せない との返事とか、拒否
されたとの事でした。 妻も呼び、(一人じゃ心細いと、娘をつれて来てる)、明日に向け準備完了。
でも。足首ブラブラ、全身打ち身、頭も、顔面強打の上、あっち、こっちと目、顔を動かすたびに、まだ
いたた、それもそのはず、私は5m落下してるんですよ。精密検査するの当然と思いいますが、入院時、
救急要員の指示で足首のレントゲンを撮ったぐらい・・・・?。
こんな状態で、新宿河和田町まで、5時間ぐらい、ブラブラ足はもつかな?・・ いつに無くにぎやか
な夕べでした。 それぞれ宿に帰っていったので、又、うなりながら寝る事にした。
11月17日 皆 病室に早く来てくれて、あ〜でもない、こ〜でもない、すったもんだあったようで、
9時の予定が、11時過ぎになったが、私設寝台車の方が、中に入ってくれたようで、私を寝台車まで、運
んで乗車(私は足首がブラブラな為、起きられない状態、半割りのギブス、今だあの状態のまま、半ば腐
り掛けているかも、兎に角、ブラブラ揺れる、痛い、できるだけ揺れないように、妻に足を押さえてくれ
る様に頼むのだが、モロに見えるので、気味悪がって、寝たふりして押さえているので、車が、ブレーキ
、路面の継ぎ目等の振動で、その都度、力が足に入るので、反って痛い!。 そんなこんなで、午後5時
近くに東京○○医科病院に、到着ほんとうに救われた気持ちになりました。因みに、娘はこの大学卒で
す。(入院当時は学生でした)
今回は、だらだらと書き連ねました。次は入院生活と色々ご報告いたします。 お付き合い戴き有り
がとうございました。
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