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写真は、絵ハガキで、「八八式軽爆撃機と蕃人頭目」とあり、陸軍の八八式軽爆撃機の前に民族衣装を着た台湾先住民族の男女5人が記念撮影したようなものである。 八八式軽爆撃機は、川崎造船飛行機部(今の川崎重工)の製作になる爆撃機であるが、もともとは偵察機であったものに、爆撃のための装置を加えて、爆撃機としたもの。昭和初年に活躍した古いタイプの飛行機であり、日中戦争初期の時期まで使用された。 しかし、なぜそれをバックに台湾先住民族、それはかつては「蕃人」と呼ばれ、太平洋戦争のころには「高砂族」として日本人扱いされ、今は中国では「高山族」(カオシャンズー)と呼ばれている人々が写真を撮っているのであろうか。台湾にあった、日本陸軍の飛行基地の何かの行事であろうか。 そもそも、台湾先住民族とは中国の明の時代に、漢族が大陸から渡ってくる前から台湾に住んでいた、マレー系を主体とし、フィリッピンや琉球から流れ着いた人々とも混血しながら、台湾全土に分布していた民族であり、それ自体20位の部族に分かれている。昔は、残酷な話であるが、部族間の争いなどで、「出草」といって首をとる風習があった。彼らは、その後大陸から入ってきた漢族によって圧迫され、海岸近くにいた部族も含め、山岳地帯に住むようになった。それで、「高山族」という。中国の人口統計では、「高山族」は3千人を超えるほどであるが、実際は何十万人だそうだ。その部族は、アミ族、パイワン族、タイヤル族、ブヌン族などである。 写真にうつっているのは、パイワン族という比較的数の多い部族らしい。台湾を植民地としていた、かつての帝国主義日本は、台湾先住民族の文化・風習を無視した統治を行ったために、その圧政に対する不満もあって、先住民族の結婚式への日本人の非礼な態度をきっかけとして起こった霧社事件は、台湾総督府に対して大きな衝撃を与えた。以降、先住民族統治は、先住民と日本人は対等であることを前提に、より巧妙に日本人への同化を政策とする方向に変わっていった。それで、呼び方も「蕃人」ではなく、「高砂族」になったのである。 「高砂族」といえば、我々が強烈に記憶しているのは、戦後30年近く経った1974年12月に、元日本兵であるとして南方の島で発見された中村輝夫元陸軍一等兵のことである。中村さんは、れっきとした元日本兵であるのに、「高砂族」出身というだけで、結局元日本兵としての処遇を日本政府はとらなかった。 中村さんは志願兵であるが、そもそも「高砂族」の義勇兵は、ジャングルの生活に慣れており、勇敢で我慢強いといった適性を持っていたため、南方での戦闘などに重宝されたのである。それを使い放題使っておいて、戦争が終わったら日本兵と認めないとは、いったいどういうことであろうか。日本政府は、かつての侵略戦争への反省が不十分であるだけでなく、けちな根性にもほどがあると思う。 これは同じ帰還元日本兵でも、同じ年に出てきた小野田元陸軍少尉や横井元陸軍軍曹とは、おおいに扱いが違ったわけである。マスコミは、最初のころは、中村さんのことをさかんに報じたが、政府の決定を受けてか、やがて全く報道しなくなった。日本に失望した中村さんは生まれ故郷である台湾に渡り、そこで一時英雄扱いされたのも束の間、不幸なことが重なり、やがて病死してしまった。 話が、だいぶ横にそれた。前記のパイワン族を含め、台湾先住民族は、手先が器用で、トンボ玉のような工芸を得意としている。彼らの生活を紹介しているような動画が、以下の通りにYouTubeにあったので、掲載しておく。 |
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『中村輝夫元陸軍一等兵のことである。
中村さんは、れっきとした元日本兵であるのに、
「高砂族」出身というだけで、
結局元日本兵としての処遇を日本政府はとらなかった。』
恥も外聞も無い日本政府のこの行為に、怒りを覚えます。
日本は「道義を優先する」国であって欲しい。
それでこそ、美しい国であり、
日本の国を誇れるようになります。
アジアの国々から尊敬される国になって欲しい。切望する。
2009/3/20(金) 午後 0:19 [ イエスちゃん ]
台湾の、所謂、蛮族を脅かすのに、
飛行機を用いて、威嚇し、攻撃した、との事です。
それまでは、白兵戦であり、日本兵の犠牲者が多数であったと
聞いています。
2009/3/20(金) 午後 0:23 [ イエスちゃん ]
こんにちわ、飛行機について
どうもこの機体、国産というのは変で。
エンジンも水冷式ですよね。
日本は水冷エンジンがつくれなくてドイツから技術導入し、それでもだめで飛燕とか彗星などは空冷エンジンにとりかえたとききます。
高砂義勇兵は悲惨な話で、霧社事件が背景にあるようです。
http://blogs.yahoo.co.jp/ureeruhiroshi/33381684.html
映像もありますのでどうぞ
2009/3/21(土) 午前 5:11
異なこと!
恒例、靖国標準木で以て「開花宣言」がまたしても「気象庁」から発表。
ー「死んで靖国の桜満開の下で会おう!」ー
これは、2006年早春に「靖国の新設屋外劇場」で
上演された「特攻隊」演劇の台詞でした。
2009/3/23(月) 午前 2:08
ー権力者に仕え、死んで神になるー維新の経世思想
維新「神武一致政策」は、現体制に09年も継承。
誰でも分ることを、気象庁が非科学的にも
【目視】で、儀式として「開花宣言」公表。
これに、何ら疑問を抱かず報道機関が群がる。
2009/3/23(月) 午前 2:12
つまり、これが国策気象庁!=【国策検察・警察庁の特捜部】
かの森鴎外をご存知ですか?
御典医。
帝国陸軍の陸軍医総監!
日本兵を脚気で3万人殺し。
ロシアの如何なる将軍よりも日本兵を殺した、と。
2009/3/23(月) 午前 2:23
皇居地下へ「吉田ヨハンセン設置=陸軍総本部」は
原爆逆指示、日本人50余万人焼き殺し。
国家の安泰が、今でも「天皇の地位」。
脳不全大正天皇の子供ではない、民間人ウマの骨「ヒロヒト」を
天皇の地位へ就け開戦!
日米【同意】で、1945年8月6日午前8時15分原爆投下で終結。
2009/3/23(月) 午前 2:23
sat*atu**200*さん、コメントありがとうございます。
中村さんの件は、週刊誌的な記事が多いのですが、彼は戦争の典型的な犠牲者だと思います。それは戦中も戦後もです。
それから、台湾の陸軍飛行基地が、先住民族とどう接していたか、先住民族は軍用機を興味深いところですね。
2009/3/24(火) 午後 9:57
ヒロシさん、コメントありがとうございます。
たしかに霧社事件を契機として、日本による台湾先住民統治のやり方が変ったと同時に、台湾の人々の意識にも影響があったのでしょう。
2009/3/24(火) 午後 10:08
紫音さん、コメントありがとうございます。
ところどころ、難解なのですが、大正天皇が脳の病気を患ったといっても、その後回復しているわけで、昭和天皇以下4人の子供に恵まれました。病弱で、思ったことをすぐ口にする思慮のない天皇だったようですが、昭和天皇という後継者をつくり、天皇制を存続させてしまいました。大正天皇を最後に天皇が途絶えてしまえば、その後の歴史も変わったかもしれません。
いずれにせよ、天皇制などはやくなくなってほしいものです。
2009/3/24(火) 午後 10:38