海鷲よ甦れ

東海の浜に残りし飛行基地 「接敵できず」の文字に涙す *筆者並びに親族は、防衛省・自衛隊関係者ではありません

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千葉県の戦争遺跡は、現在木更津海軍航空隊、第二海軍航空廠について、「房総の海軍基地」のなかにアップし、ようやくわが海軍航空隊の記事が千葉県内においてもでき、なんとか体裁が整ってきたと思う。そのHPの充実化とともに、BGMを変えようと考えた。今までは、音楽著作権を気にするあまり、HPの雰囲気にそぐわないクラシックなどにしていたからだ。たどりついたのは、「青年よ団結せよ」の歌。

「青年よ団結せよ」の歌は、ソビエトのV.クルーチニンが作曲、P.ゲルマンが作詞した歌で、日本の戦後学生運動のはじめのころ、よく歌われた。当時は、イールズ声明反対闘争が東北大学から始まり、レッドパージ反対の広範な運動が展開された。その中で、この歌は歌われた。自由・平等・博愛のフランス国旗に似た三色旗(平和運動の象徴である)を掲げたり、剣道部の部員が防具をつけたまま、この歌を歌っていたのを記憶している。

  友よ肩に肩を組みて
  砕け敵を
  我等こよなき自由を
  守りたたかいぬかん
  輝かしき栄光を
  得(う)るはやすからじ
  幸にみちあふるる
  我が春をもとめん
   友よ肩を組めいざ進まん
   平和をかざし
   輝かしき世界創るため
   行け行け堂々と

(楽団カチューシャ訳詞)

今とは違い、当時の学生は何かと議論をし、学内外で問題があれば、みんなで団結して運動を行ったものである。戦後4,5年たっているとはいえ、みな貧乏であり、学費を稼ぐために肉体労働のアルバイトなどもよくしていた。朝鮮戦争で景気がよくなり、アルバイトの口は多くなったのは良いが、学内では反動攻勢が強くなり、トルーマン・ドクトリンが日本の隅々まで具現化していっているような気がした。
おまけに弾圧をきっかけに党は分裂、国際派全学連は党中央からにらまれ、また国際派全学連も四分五裂、最後には解体、所感派が牛耳ることにあいなった。

実は「千葉県の戦争遺跡」HPのBGMとして、今までクラシックなどを使ってきたが、どうもHPとマッチせず、いろいろ探したところ、この歌に行き着いた。もっとも最初は「モスクワ郊外の歌」にしようとしたが、案の定音楽著作権でどうにもならないのであった。

ところが、「青年よ団結せよ」の音楽素材があるはずがない。学生運動の歌としては、「国際学連の歌」が圧倒的に有名であり、YouTubeにもあがっている。一方、後にあまり歌われなくなったというこの歌は、知らない者も多いのだろう。

洋楽が好きな森-CHANが、発注して作ったBGMは、あまり完成度が高いとはいえないが、折角なのでHPのBGMとし、別にアレンジしたものも作った。それには、愛国の花ちゃんに手伝ってもらった。

かくして、わがHPのBGMに、曲がりなりにも「青年よ団結せよ」が使われることになったのである。

愛国の花ちゃんことYさんは、以下の通りYouTubeにこの歌をアップしたが、ロシアの音楽を使っている。


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