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[ イトーさん ]
2018/11/4(日) 午後 7:25
[ a_s*ig*20*2 ]
2018/8/1(水) 午前 11:57
南京事件の阿鼻叫喚を目撃した元海軍兵士
反軍下士官森某
[ みんなの公園をきれいにしましょう ]
2018/4/7(土) 午前 9:48
松岡環(まつおか たまき、1947年 - )は、南京大虐殺60ヵ年全国連絡会共同代表。売国奴
2002年、松岡編纂の証言集「南京戦・閉ざされた記憶を尋ねて−元兵士一〇二人の証言」刊行。
南京事件の被害者宅や関係場所を訪れて、インタビューしたとする映画を制作した。
東中野修道と阿羅健一らの南京大虐殺否定派は、証言がすべて匿名や仮名であり第三者の検証ができないことや、証言の不自然なことなどを批判した。
さらに、本多勝一と小野賢二ら虐殺肯定派も、これほど間違いの多い本も珍しいなどと批判した。
市川治平(歩兵第33連隊第5中隊第1小隊長)は「私のところに聞き取りには来ませんでしたが、2人の戦友に尋ねたら、2人にも来なかったと言っています、 」と評した。
さらに「102人の元兵士のうち59人が歩兵第33連隊所属とされていますが、虚構と断言できます。誰一人として、インタビューを受けたことを知りません。
そもそも三重県在住の参戦者は調査が行われたとされる平成12年当時、30人足らずしか存命しておらず、59人から聞けるわけがありません」と評した。
[ isg*n*4 ]
2016/11/13(日) 午前 10:03
[ isg*n*4 ]
2016/11/12(土) 午後 10:08
手賀沼沿岸大井の福満寺
仏の加護は我にあり
[ na ]
2014/5/6(火) 午前 6:52
[ - ]
2014/4/29(火) 午後 2:17
一年ほど前のテレビで、武田鉄矢さんや南こうせつさんが思い出話をする雑談番組で、普通に触れていましたよ。
南こうせつ「鉄矢の『思えば遠くへ来たもんだ』は中也だったっけ?」
武田鉄矢「そうそう。その前にチューリップ(かどうかは失念。別のフォークグループだったかも)がやっぱり『思えば遠く来たもんだ』っていう曲を出したんだけど、それに対する対抗心もあって『思えば遠くへ来たもんだ』を作ったの」
みたいな感じです。不正確な記憶ですが。
内容を見れば「パクリ」ではなく「インスパイア」や「オマージュ」の域にあることは論を俟ちません。
逆にこれを「パクリ」と言ってしまえるんだったら、世の「桜ポップス」はパクリだらけということになってしまいますよ。
「生等もとより生還を期せず」
反軍下士官森某
[ 一騎当千 ]
2013/10/25(金) 午前 10:07
[ mam*ruy**ota ]
2013/7/7(日) 午後 6:07
頑是ない歌は過去の自分と今の自分という時間の移ろいに伴うアイデンティティの遍歴に戸惑う心を描いています。
思えば遠くへ来たもんだ、は故郷への想いとか空間的な変化の方に目を向けた懐郷の歌という側面が強い。
もう少し、詩の内容に目を向けてあげないと二人とも可哀想です。
「思えば遠くへ来たもんだ」というフレーズの一致とシチュエーションの類似性からして偶然の一致ではないにしても、かと言ってパクりは言い過ぎな気がします。
誰かが言った言葉が世代を越えて伝えられていくという素晴らしい出来事を演出しようとする際に、「※このフレーズは中原中也の詩から引用したものです」といちいち弁解を入れる野暮ったさがそんなに必要でしょうか。
同じ国で育った人が同じ情景に思いを馳せそれをそれぞれの形で表現することに、逐一ヤジが入り、せっかくの鉄道風景も汽笛の音も台無しになる。
あなたが間違っているとは言わない。
きっと間違っていない。
むしろ正しいのかもしれない。
ただその正しさが野暮なのですよ。





