海鷲よ甦れ

東海の浜に残りし飛行基地 「接敵できず」の文字に涙す *筆者並びに親族は、防衛省・自衛隊関係者ではありません

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返信: 793件

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2011/4/22(金) 午後 11:11

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<八・一五(終戦の1945年8月15日)解放から今日までの20年間、歴代日本政府は朝鮮支配に対する賠償はおろか、心からの反省を示したことがなかった。「韓日会談」の日本側代表の久保田、沢田、高杉らの発言などでみられるように、かえって「日本の朝鮮統治は朝鮮人に恩恵を与えた」とか、「過去のことをいえば向こうにも言い分があるだろうが、わが方にはもっと言い分がある」というに至っては、まさにこれは朝鮮でいう「賊反荷杖」で、盗人たけだけしいといわなければならない>

としているが、これは朴慶植を含めた“「韓国・朝鮮」人の自分の言い分だけはハッキリ主張するが、自分が不利となることに関しては、相手の言い分を全く聞かない”という性根からくるものである。

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2011/4/22(金) 午後 11:10

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以上のような各分野において、朝鮮総督府が当時の大韓帝国に尽力をつくした結果、
日本の統治当初の朝鮮半島の人口、約1200万人が韓国や北朝鮮が非難する日帝36年間には、2倍以上の2800万人に増加したが、これは衛生上の改善による出生率の向上と死亡率の低下もあるが、何よりも農業生産性の向上によるところが大きい。

※「強制連行」という造語を創り、「朝鮮人強制連行の記録」の著者である朴慶植は、その「朝鮮人強制連行の記録」の最後の「むすび」の中で、次のように記している。

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2011/4/22(金) 午後 11:07

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8)近代医療制度の普及に貢献

当時の朝鮮半島について1908年の統監府時代に京城控訴院判事として、韓国政府に招かれた山口真昌氏は次のように語っている。
「道路は狭くしかも糞尿はいたるところ道端に満ちているという有様。井戸水は混濁していて風呂に入れば茶色の湯、飲料水は石油の空罐1杯を何銭で買ってきて使用。」

このように19世紀〜20世紀初頭の李氏朝鮮時代の韓国(大韓帝国)は農村から都市のあらゆる地域で不衛生な生活環境であり、いろいろな伝染病がはやっていた。
本格的に医療制度が導入されたのは朝鮮総督府時代からで、総督府が設立した大韓医院は、やがて京城帝大付属病院となり、朝鮮半島の近代医学、医療発展の中心的存在となった。その後は各道から市町村に至るまで医療制度が随時整備されている。

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2011/4/22(金) 午後 11:04

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このことは、当時の朝鮮で日本語が強制されていなかったことを証明しているし、民族性もこれから分かる。(これは親父の自分史に詳しい)
当然、台湾でも強制されていなかったが、台湾で日本語の普及率が良かったのは、それだけ台湾の人々が日本の統治を高く評価していたからに他ならない。
〔斉藤総督の時代に京城帝国大学(1924年)が新設された。彼の施策の中で特筆されるものの一つに朝鮮語の奨励がある。言語は相互の意思の疎通に欠かせないものである。そこで総督府は朝鮮人には日本語の学習を奨励するとともに、内地人の総督府職員、地方庁職員には朝鮮語奨励費を支出し、朝鮮語の普及を図ったのである。この朝鮮語普及費の支出は1939年まで続いている〕
※H17年改定後の中学の歴史教科書には、次のように載っている。「学校では日本語や日本の歴史を強制的に教えました。このように朝鮮民族の歴史や文化を否定し、・・・・・・」(大阪書籍)
などと載っているが全くのデタラメである。

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2011/4/22(金) 午後 11:02

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7)近代化教育を図るため、学校の建設に力をそそいだ。

当時の朝鮮半島は、1910年の併合当時、小学校は100校程度であったが、日本が統治を行うことにより、13年後の1923年(大正12年)には、約830校に、26年後の1936年(昭和11年)には朝鮮半島全部の面(村)1校の割合で2500校の学校を建設した。また、併合より32年が経った1942年(昭和17年)には倍の5000校にまで、学校を増やしている。
また、近代教育等々の普及に力を注いできた。日本はハングル、漢字教育を進めて就学率、識字率を高めている。この時代朝鮮半島では国語として日本語教育も行われた。そもそも日韓は合邦国家であったので、当時の日本帝国が朝鮮語でなく日本語を国語とするのは当たり前であり、勿論それと同時に朝鮮語も当然教えていた。
これは台湾においても同様である。しかし朝鮮総督府時代の大韓帝国では日本語の普及率は20%に達せず、日本統治時代の台湾が70%だったのに比べると非常に低い。

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2011/4/22(金) 午後 10:59

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朝鮮総督府が行った政策は、農政改革、農地改良の一環として奨励金を出し、逆ザヤ制度まで設けて質と量を安定させ、その結果、史上空前の米生産量の倍増が達せられた。
朝鮮総督府のスタ−ト時(1910年:明治43年)は、約1千万石だった米穀収穫量は、18年後の1928年(昭和3年)には、1700万石に。朝鮮半島では、米の収穫が史上一度も1000万石を超えたことはない。
しかし、日韓併合から20年後の1930年代に入ると、常に2000万石を突破している。また、1926年(大正15年)時点では、大豆と雑穀の生産も併合当初の六割増に達している。

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2011/4/22(金) 午後 10:58

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朝鮮農民の間では、古くから「春窮、麦嶺越え難し」ということわざがある。
農民の収穫の半分以上は年貢として取り上げられてしまうため、収穫しても翌年3月頃までには米を食いつくしてしまい、そこで、次の収穫までの約3ヶ月はじゃがいもや麦などでしのぐ春窮期であるという意味である。
〔※朝鮮人の主食は東北部では雑穀、西南部では米であり、1915年〜1919年までの朝鮮人の一人当たりの米の消費量は0.7石で、粟は0.3石であった。(武田幸夫著「朝鮮の歴史」)それが、1930〜1936年には米の消費量が0.43石まで減っているが、その分、粟やその他の雑穀が増えている。要するに高く売れる米を売り、安価な雑穀を食べていた。

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2011/4/22(金) 午後 10:55

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5)産業の近代化、近代工場の建設、また治山治水の整備を行う(日本統治後の工業生産額は1927〜1933年に3億円台に、1935年には6億円台を超え、1940年には18億円台を超えている)

6)農業政策の改善による食料の増産日本が統治に乗り出す前の大韓帝国の食料事情は非常にきびしいものであった。当時の人口は農業が約8割を占めているにもかかわらず、3月から6月の春窮期(秋に収穫したものを次の春までに食べつくすこと)までが、なかでもきびしく、食料不足になると朝鮮人口の約6割が山野で草根樹皮を採集して生命をつないでいた状態である。

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2011/4/22(金) 午後 6:13

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以下、朝鮮総督府の施策つづく

2)鉄道、道路、架橋、航路、港湾、などの交通設備
3)電信電話などの通信設備の敷設

4)大規模水力発電所の建設、
(※朝鮮の水力開発に最も貢献した人物は野口遵である。朝鮮産業革命の祖と言われ、朝鮮の恩人ともいわれている。彼は鴨緑江上流に「水豊ダム」など日本にもない17万キロワットや20万キロワットの世界有数の巨大発電所をつくっている。鴨緑江地域には7箇所、また白頭山、豆満江、虚川江などにも大規模水力発電所を建設している)

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2011/4/22(金) 午後 6:10

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終戦直後、焼け野原になった日本で、「三国人」の朝鮮人がいかにして大都市の土地を強奮したか。その事実は最近あまり語られていない。

※身一つで渡日したはずの在日一世は、日本人より持ち家比率が高く(二世以降は異なる)相当低所得の人ですら、大半が土地付きの家を所有している。
多くが駅付近であるが、それ以外にも在日が密集するエリアは全て不法占拠し、時効で法的に所有権を確保したものである。中には、日本人地権者を殺して土地を強奮したケ−スもある。在日は第三国人時代(戦後、日本が敗戦でアメリカの統治下に入り、当時の「韓国・朝鮮」人が日本人としての資格を失った時代)土地を不法占拠しただけでなく、治外法権状態になったのをいいことに、各地で食料などの物資を略奪し、列車を乗っ取ったり無賃乗車するなどして運搬し、違法な闇市を支配して売りさばき、一時、国内の通貨の40%を支配した(当時の石橋湛山蔵相が国会で発言)ほどだった。


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