海鷲よ甦れ

東海の浜に残りし飛行基地 「接敵できず」の文字に涙す *筆者並びに親族は、防衛省・自衛隊関係者ではありません

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返信: 793件

[ DONSEEL ]

2011/4/22(金) 午後 4:12

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その三は、上は国王から、下は地方官にいたるまで、血縁、地縁による閉鎖的なグル−プを形成したことである。わけても、李朝末期にみられる大院君(デウオンクン)と閔妃(ミンビ)の対立は、その典型的なものであろう。(※李朝末期の国王が高宗であるが、優柔不断で名目上の国王、この国王の実父が大院君で、王妃が閔妃)両派は親露派、親清(中国)派に別れて、血で血を洗う抗争をつづけた。時には大院君や、閔妃は親日派にもなった。末期症状をさらに悪化させたのは、国王の高宗が愚で酒色におぼれ、国政をいっこうに顧みなかったことである。
そのうえ欧米列強の圧力に対しても、何ら打つ手がなかった。いち早く近代化の必要性を感じて動き始めた開化派(金玉均、朴泳孝)は、守旧派に抹殺されて近代産業国家への芽は摘まれてしまうのである。李氏朝鮮は「出口なし」の状態に陥っていた。すでに国のかたちを失っていた。

[ DONSEEL ]

2011/4/22(金) 午後 4:11

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さらに、李朝半ば過ぎになると、官職の売買が公然と行われるようになり、賄賂が横行した。貪官汚吏(不正をはたらいたり、ワイロを取ったりする今で言う国家公務員)がはびこり、国家は朽ち果てていった。国王と支配階級であった両班は、絶え間ない権力闘争に血道(夢中になる)をあげるかたわら、農民を中心とした常民を徹底的に搾取し、国の経済が疲弊するのに、いささかも顧慮することなく、浪費と贅沢三昧にふけった。

[ DONSEEL ]

2011/4/22(金) 午後 4:10

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その二は、両班制度と科挙の存在である。両班は高麗時代から存在した。東班(文官)と西班(武官)からなり、官僚層を形成した。科挙(官僚の登用試験)を受けて官僚となったが、しだいに特権化、世襲化(代々親から子へ受け継ぐ)していく。常民と言われる農民や商人、手工業者にも科挙の門戸が形の上だけは開かれていたが、実際には閉ざされているのと同じだった。
この結果として、階層の流動化が全く乏しく、社会が停滞して、活力が失われた。

[ DONSEEL ]

2011/4/22(金) 午後 4:09

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その症候群の第一は、仏教を禁じることによって棄てて、儒教(※孔子を先祖とし仁を根本とする政治・道徳の教え)のなかでも最も原理主義的といわれる朱子学を、国教として採用したことである。今日、韓国を訪れた外国人は、仏教の寺院が山奥に眠っているように存在するのを見るだろう。僧侶たちは、さまざまな迫害を受けて、市内に存在することができなかったからである。
さらに悪いことに、「事大主義」(力の強いものにひたすら従い仕えること)を掲げ、中国の属国に成り下がったことだった。自らを「小中華」(小さな中国)と称し、中国に大いにつかえようという考え方である。

[ DONSEEL ]

2011/4/22(金) 午後 4:08

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『李氏朝鮮はその創建から終焉まで、五百十八年に及ぶという長寿王朝であった。(※李氏朝鮮時代は、1392年〜1910年まで。1897年に大韓帝国と名乗るが、李氏朝鮮時代である)日本の歴史でみれば室町時代(1338年〜1573年)から明治時代(※明治元年は1868年)の初めまで続いた。
前王朝の高麗を倒して、李氏朝鮮の始祖となったのは李成桂であった。この新王朝が成立するや、李成桂は深刻なボタンの掛け違えをいくつか犯した。その結果は、「李氏朝鮮症候群」といえるような、癒しがたい宿痾(前々からかかっていて直らない病気)に襲われることになる。ついに李朝末期に至って、あたかも癌が身体の隅々に転移するような状態に至った。腐朽した老木は倒れるほかなかったのである。

[ DONSEEL ]

2011/4/22(金) 午後 4:04

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ただ、文治主義と中央集権制が極度に徹底されていた。李朝の官僚は36の階級からなり、さらに3つの階層に区別されていた。
上位12階級を堂上官、それ以下を堂下官と呼び、堂上官が高級官僚層を形成していた。また、上位24階級を参上官、下位12階級を参下官と呼んで下級官吏層として区別した。つまり上から12階級ごとに上、中、下の差別が設けられたのである。
堂上官と堂下官、参上官と参下官との間は厳然として区別され、出身身分・登用試験の成績・治績の評価などによって昇進が限界づけられていた。
主要官庁の責任者はすべて堂上官で占められたが、彼らはその他関連諸庁の責任者の大部分を兼任したので、実質的な政治権力はわずかな高級官僚たちの手に集中していた。(※今の日本と同じである)
先の韓国歴史家のチェ・キホ氏の「日韓併合の真実」のまえがきには、李氏朝鮮時代のことが次のように書かれている。

[ DONSEEL ]

2011/4/22(金) 午後 4:02

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日本の朝鮮統治前の「李氏朝鮮時代」を知らずして、「日韓併合時代」を語るべからず

韓国歴史家のチェ・キホ氏は、その著書「日韓併合の真実」の中で、「韓国は日本のすぐわきの隣国だというのに、大多数の日本人が韓国の歴史について、驚くほどまでに無知である」と述べられているが、日本の朝鮮統治は、李氏朝鮮時代を見通して、はじめて語られるべきである。
朝鮮半島には、日本やヨ−ロッパのように、武人が支配する封建制国家の歴史がない。中国と同じように、古代以来の文人官僚が政治を行う王朝国家が、延々と近世に至るまで続いていた。
併合の主体となった日本は近代国家であったが、併合された大韓帝国の実質は、近代国家でも封建国家でもない王朝国家である。李朝国家の政治システムは、中国歴代の制度に由来するもので、頂点に絶対権力者としての王をいただき、その下に文官・武官の両官僚群が合議で政務をとり行う高麗朝の儒教的な官僚体制を踏んだものである。

[ DONSEEL ]

2011/4/18(月) 午後 8:02

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無かった侵略戦争(日韓戦争??)をあたかもあったかの如く、100年前の歴史を改ざんし、かつ侵略者のレッテルを貼って、隣国日本を故意に国際的劣位におとしめ、臆面もなく終えんの無い追求を行う姿勢もまさに宗教信心の表れであります。「侵略」という言葉には、国際法によらず占領軍事戦略の一環として開かれた極東国際軍事裁判所において、被告が一方的に押し付けられたものですが、その裁判の推進者であったマッカ−サ−元帥は、その後日本が戦った戦争は、自衛のための戦争であったとトル−マン大統領へ報告し、かつ、米国議会においても証言したように、「侵略」「自衛」の問題は歴史家の判断に委ねるべき問題であります。これは歴史を美化するとか歪曲するとかの問題ではないのです。ところが日韓の間で戦争の痕跡が全く無いものを、ことさらに「侵略」を取り上げて国際的に日本を貶める心情に、痛切な異常を感じます】

[ DONSEEL ]

2011/4/18(月) 午後 8:01

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そのような韓国社会の延長線上の末端に日本の社会があるとされるものですから、日本人を最低の賎民階級以下の奴隷階級に位置づけているのです。
韓国人の感情は絶対的に日本人の感情を抑え込み、日本人が醜悪でなければ納得しないのであります。それが日本人に対する韓国の国民的宗教信心なのです。
最近、韓国大統領が独紙(ドイツの新聞)とのインタビュ−で「日本人が、かっての侵略戦争を歪曲し、正当化したいと思っているのが真の問題だ」と語りました。

[ DONSEEL ]

2011/4/18(月) 午後 7:59

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また、ベトナム戦争時(※付録9)韓国軍が残した7万人の私生児や北朝鮮に拉致された下層階級漁民500人に対する救援は、いまだに見過ごされています。
たまたま、階層意識を超越して、憐憫(あわれむこと)の情や謙虚の美徳あるいは合理性を主張する人がいれば、それは身内至上主義社会の反逆者として、村八分の仕打ちにあい、脅迫され、殺されることさえ珍しくはないのです。
現に今、在日韓国人で合理的に物事を考える人たちの多くが、宗教信心に染まった本国韓国人から殺人の脅迫を受けて、日本国内における講演会等活動を停止に追い込まれて、沈黙していなければならない事態が起きている情況にある と聞きます。


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