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朝鮮人虐殺に手を染めた日本人、朝鮮人を助けた日本人
反軍下士官森某
[ DONSEEL ]
2011/4/17(日) 午後 11:10
また、1959年(昭和34年)7月13日の朝日新聞に「徴用労務者は少数」という見出しで、外務省発表の在日朝鮮人に関する記事が載っているが、この中で「現在、登録されている在日「韓国・朝鮮」人は総計61万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労務者としてきた者は245人(※全体の0.04%)に過ぎず、現在、日本に居住している者は犯罪者を除き、自由意志によって在留した者である」としている。
この数字は裏を返せば、在日の99.96%以上の人々、つまりほぼ100%の人々は、自ら熱望して、不法入国で日本に来た人ということであるが、
日本のマスコミや歴史教科書などによる、あらゆる工作の結果、『「徴用」⇒マスコミや歴史教科書などでは以前は強制連行などと言っていた』で連れて来られた人々に、いつの間にかされていた。これらを考えても分かるが、日本は本当に、大変おかしな国家である!
朝鮮人虐殺に手を染めた日本人、朝鮮人を助けた日本人
反軍下士官森某
[ DONSEEL ]
2011/4/17(日) 午後 11:08
朝鮮人虐殺に手を染めた日本人、朝鮮人を助けた日本人
反軍下士官森某
[ DONSEEL ]
2011/4/17(日) 午後 11:06
朝鮮人虐殺に手を染めた日本人、朝鮮人を助けた日本人
反軍下士官森某
[ DONSEEL ]
2011/4/17(日) 午後 11:04
しかし、問題はこの一・五世が記した「強制連行論」を一世の多くは読むことが出来なかったし、また、仮に出来たとしても、問題が指敵されることは、めったになかったということだ。(「在日・強制連行の神話」より)この内容からは、在日一世の人々が、自ら望んで家族ごと日本へ渡って来たことを知ることができる。
ここで、日本国民の多くが誤解している問題に、日本にいる在日「韓国・朝鮮」人の人々は「徴用」で連れてこられた人々及び、その家族やその子孫と思い込んでいる勘違いがある。
しかし、結論から先に言えば、今の在日「韓国・朝鮮」人の人々は太平洋戦争(大東亜戦争)や日中戦争(1937年)が始まるはるか以前に、すでに日本に不法に渡航して来た人々であり、「徴用」とは関係がない。
朝鮮人虐殺に手を染めた日本人、朝鮮人を助けた日本人
反軍下士官森某
[ DONSEEL ]
2011/4/17(日) 午後 11:02
『在日「韓国・朝鮮」人と徴用との関係』
在日一世について、「一世とは、故郷の友人や知人との比較で自分を語ることのできた人々である。なぜ、故郷の友人は故郷に住み続けているのに、自分は異郷にいるのか。それは自分が何らかの事情で渡日を決意したからであり、また、自分が何らかの事情で、帰国よりは日本に留まることを選択したからであろう。
つまり、一世の立場からすれば、自分が日本にいることを、すべて戦前の日本人の強制連行のせいにするような議論は、自らを客観的存在におとしめるような態度であり、それは彼らの心と体に刻み込まれた記憶とは別のものであったはずである。
だが、一世の物語を記したのは一世というよりは一・五世たちであり、彼らはしばしば一世を代弁するかのようにその体験を語った。(※一・五世とは幼少期に親と一緒に渡ってきた人を指す)一世が教育の機会に恵まれなかったのに対し、一・五世は日本で教育を受け、彼らの中から親達の物語を記す者が出てきたのは当然の成り行きであった。
朝鮮人虐殺に手を染めた日本人、朝鮮人を助けた日本人
反軍下士官森某
[ DONSEEL ]
2011/4/17(日) 午後 9:55
朝鮮人虐殺に手を染めた日本人、朝鮮人を助けた日本人
反軍下士官森某
[ DONSEEL ]
2011/4/17(日) 午後 9:54
1956年(昭和31年)1130人(1117人:98.8%)
1957年(昭和32年)2077人(2060人:99.2%)
1958年(昭和33年)1457人(1438人:98.7%)
1959年(昭和34年)1062人(1033人:97.3%)
1960年(昭和35年)1878人(1852人:98.6%)
1961年(昭和36年)1773人(1753人:98.9%)
1962年(昭和37年)1467人(1418人:96.7%)
1963年(昭和38年)1358人(1335人:98.3%)
1964年(昭和39年)1802人(1779人:98.7%)
1965年(昭和40年)1485人(1456人:98.0%)
1966年(昭和41年)804人(767人:95.4%)
1967年(昭和42年)875人(851人:97.3%)
1968年(昭和43年)749人(719人:96.0%)
1969年(昭和44年)685人(671人:98.0%)
1970年(昭和45年)564人(554人:98.2%)
1971年(昭和46年)849人(832人:98.0%)
朝鮮人虐殺に手を染めた日本人、朝鮮人を助けた日本人
反軍下士官森某
[ DONSEEL ]
2011/4/17(日) 午後 9:52
以下は終戦〔1945年(昭和20年)〕の翌年〔1946年(昭和21年)〕
から、故・田中角栄元首相がロッキ−ド事件で逮捕された1976年(昭和51年)までの「密入国者の検挙数」※(法務省入国管理局の統計資料より)
検挙者総数()内は「韓国・朝鮮」人の数とその割合
1946年(昭和21年)17737人(17733人:99.9%)
1947年(昭和22年)6192人(6010人:97.1%)
1948年(昭和23年)8167人(7978人:97.7%)
1949年(昭和24年)8702人(8302人:95.4%)
1950年(昭和25年)2858人(2434人:85.2%)
1951年(昭和26年)4420人(3503人:79.3%)
1952年(昭和27年)2975人(2628人:88.3%)
1953年(昭和28年)2361人(2244人:95.0%)
1954年(昭和29年)1772人(1721人:97.1%)
1955年(昭和30年)1434人(1395人:97.3%)
朝鮮人虐殺に手を染めた日本人、朝鮮人を助けた日本人
反軍下士官森某
[ DONSEEL ]
2011/4/17(日) 午後 9:49
※現在においても、毎年この傾向は変わらず、平成18年の1月1日時点の国籍別の不法滞在者数でも韓国人がトップで最も多く、約4万3千人と全体の2割を占めているが、問題は、この内の91%の3万9千人が短期滞在ビザで入国後、一部が行方をくらまし、永久不法滞在者の要因となっていることだ。
また、朝鮮半島からの不法入国者は戦前、戦中だけでなく、終戦直後〔1945年(昭和20年)が終戦の年〕からの戦後を見渡しても高い数字を示している。
それは、密入国者の検挙数からも「韓国・朝鮮」人が圧倒的に多いことが数字の上からも示されている。この数字は検挙した数字であり、現実問題として考えると、
実際の密航者は、この数字より数十倍多くなるのは間違いない。
朝鮮人虐殺に手を染めた日本人、朝鮮人を助けた日本人
反軍下士官森某
[ DONSEEL ]
2011/4/17(日) 午後 9:47
当時の内務省の統計によれば、1930年(昭和5年)〜1942年(昭和17年)の足掛け13年間で、密航者は発見されただけでも3万9千人にのぼる。
しかも、戦時動員が始まった1939年(昭和14年)から1942年(昭和17年)までの4年間は、発見された密航者が2万2千人(13年間全体の約56%)と動員前に比べて逆に急増している。このように、戦時動員が密航の手段として使われている実態が浮かんでくる。
戦時動員数を大幅に上回る密航者の事実は、1939年(昭和14年)からの「自由募集」という形で動員が開始されてから終戦まで、一貫して変わらない。戦時動員の「募集」期間に相当する1939年(昭和14年)〜1941年(昭和16年)の3年間は「募集」以外に92万人(募集制度で渡日した労働者は14万7千人にすぎず)もの密航者がいたが、1942年〜1945年の「斡旋」、「徴用」の時期についても、この流れは変わらず、この3年半は約80万人の不正渡航者が日本に渡って来ている。(戦時動員期間中、動員で渡日した労働者は約52万人であるが、終戦時には、このうちの約20万人が行方をくらまし、実質は32万人である)







