海鷲よ甦れ

東海の浜に残りし飛行基地 「接敵できず」の文字に涙す *筆者並びに親族は、防衛省・自衛隊関係者ではありません

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昔、「橋」というドイツ映画(ベルンハルト・ヴィッキ監督)をみた。
ドイツがさきの大戦で敗色が濃厚になった時の頃、まだあどけない少年たちが召集されて少年兵になる。その少年兵たちがたどる悲惨な運命を通して、戦争の空しさを訴えた作品である。1950年代終わりごろの作品であるが、ドイツはナチスに対する真摯な反省と不戦の気持ちを純粋にもっていた。
 
「橋」は少年たちが召集されるところから始まる。旧制中学の3年生くらいだろうか、とにかく若い彼ら七人の少年兵たちは、少しでも御国のために役立ちたいと思っている。同じ地域で召集された者同士で、元々友達だったりして、彼らの結束も固い。そんな彼らは未教育のまま、軍隊という場所に放りだされる。いきなり戦場には連れていけないので、彼らを指導する伍長を一人つけて、その伍長の指揮のもと、小さな橋を守備する任務を与えられる。田舎町の小さな橋。その戦略的な意味といえば、味方が退却する経路となることだけである。そして、彼ら少年兵にとっては懐かしい故郷の昔から知っている橋であり、その任務を何としてでもやり遂げねばと意気に燃えるのだ。
 
その橋は、味方が無事に退却すれば、後は用済みで、逆に破壊して、敵が通れないようにすることが必要であった。伍長はそんなことは当然承知していたのだが、ある夜少年兵たちにコーヒーを買ってきてやると町に出かけて、スパイと間違われて殺されてしまう。この伍長が死んでしまい、少年兵だけになるという設定はいささか強引ともいえなくもないが、あまり不自然さは感じない。そして、残された少年兵たちには、「橋を守れ」という命令のみが残される。橋を守る彼らの上に容赦なく、米軍の飛行機の機銃掃射が降り注ぎ、一人は早くも戦死してしまう。
 
味方のトラックが通過しようとしているのに、それを止めようとする彼ら。負傷者も多く乗っているトラックの上の兵たちには、彼らは戦争もしらずに無闇に張り切っているとしかみえない。少年兵らに「いい加減にしろ」と乱暴な物言いをする味方が通り過ぎてもなお、少年兵たちは橋を守り続ける。ある夜、そういう少年兵たちに対し、近所に住む老人が馬鹿なことをせずに、早く家に帰れと諭すが彼らは聞く耳を持たない。
 
それどころか、今後は米軍の戦車がその橋を渡って攻めてこようとする。それを必死で守ろうとする少年兵たち。米兵も子供相手に戦いたくないが、その米兵の言った「Kinderland」という言葉に憤慨し、米兵を射殺してしまう少年兵。その過程で、民家に入り、対戦車砲を撃とうとするが、民間人を巻き込んで死なせてしまう。その倒れた人をみれば、いつか少年兵たちに家に帰れと諭した老人であった。その戦車との小競り合いで、大部分の少年兵が戦死してしまい、残ったのは重傷を負った少年兵とその友人の少年兵。その重傷を負った少年兵は死んでしまう。戦車が引き揚げたのを見届けて、味方の工兵隊が橋を爆破しようとするが、「お前たちは馬鹿な曲芸をやってくれた」となじる工兵隊の下士官に銃を向け、射殺してしまう少年兵。その少年兵はなくなった少年兵の遺骸を運ぶのも諦め、泣きながら家に帰るというラストであった。
これはテーマとしては、どんなに勇ましい言葉で飾られていても、実際の戦争がいかに無意味であるかという一言につきると思う。そのことをリアルに描き出している映画で、古今東西こうした映画は稀有にして、実に真実味がある。
 

お茶の話

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言うまでもないけれど、お茶は健康にいい。だから、洋の東西を問わず、人類は皆お茶を飲むのだろう。大昔はお茶は高級なもので、例えば中国の「三国志演義」では、劉備玄徳が若いころ貧しく、母とともにむしろを織って生活していたが、あるとき母のために高価なお茶を買ってきて母も一旦喜ぶものの、その際に先祖である漢の中山靖王劉勝の宝剣を誰か他人に渡したと知り、母は嘆いて高価な茶を小川に捨ててしまうというエピソードを書いている。当時は、お茶は貴重であり、特別な薬のようなものだったようだ。

しかし、考えてみれば、乾燥させたお茶の葉を煎じて飲んだり、そのお茶にいろいろなものを混ぜたりしたのは、長い年月をかけて得た知恵だろうが、最初にお茶というものを発明した人は偉いものだと思う。お茶でも緑茶もあれば、紅茶もあり、烏龍茶もある。そもそも、どんな茶葉を使うか、また茶葉をどの程度発酵させるかで、いろいろ変わってくる。チベットあたりでは、バター茶というのがあって、人々は一日に何杯ものバター茶を飲む。あんな脂分の多いものをよくそんなに飲むことが出来ると、感心してしまうが、これが山地で農作物も何もないようなチベット辺りでは良い栄養補給になるらしい。これは、モンゴルでも同様で、茶葉を煮出したのに牛乳かラクダの乳と岩塩を加えて、さらにバターを入れるのだそうだ。如何にもこってりと味が濃くなるような気がするが、どうなのだろうか。

イギリスあたりでは、紅茶を飲むのは、一日のある時間帯の日課であり、規則正しい生活をするための節目のようなものだと聞く。他の国でも、似たようなことはあるのだろう。

日本では、古来お茶は単に飲むだけではなく、儀礼や作法と併せた様式美として、茶道というかたちで芸術的なものにまで昇華された。茶道が作り上げるのは、茶席に主人が客を招き、それに応じて、狭いにじり口から客が席入し、両者がわずか三畳ほどの空間のなかで対面する、一期一会の世界である。蹲に椿の花が散り、床の間には茶掛け、風流な花入れが柱にかかっていれば、それだけで絵になるようである。
しかし、茶を沸かす釜の音のみの静寂、長い時間は、小生いささか苦手であり、何度か茶席に招かれたものの、何回出ても慣れなかった。席入して床の間をみると、河合寛次郎の壺が置いてあり、それが気になってしかたなかったことがある。

すぐそばの目の前に河合寛次郎の壺、手に取ってみたいような、勿論そんな不作法はいけないことであるけれど、そんな気持ちを抑えて、涼しげな顔をしていた。ずいぶん前のことだが、いまだに茶の奥深さを分かるところまでにいたっていない。

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「戦争を語り継ごう」の名のもとに結集してきた我々にとって、ML主宰の西羽氏のご逝去は非常に残念である。

ご遺族によれば、癌でかねて療養中のところ、17日夕方になって遂に亡くなられたとのこと。MLだけでなく、「戦争を語り継ごう」リンク集の膨大なること、「戦争を語り継ごう」ブログもしかり。

すべて、氏の功績である。

ご冥福を祈るとともに、惜別の杯を献じたい。



*註

「戦争を語り継ごう」リンク集 http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/senso/

「戦争を語り継ごう」ブログ http://nishiha.blog43.fc2.com/

 「戦争を語り継ごう」リンク集には小生の「千葉県の戦争遺跡」もリンクして頂いた。
 その際に、よければMLにも参加してくださいと西羽氏から誘われ、今日に至っている。

桜雑感

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先日鉄道連隊の下志津支線跡を歩いていて、ちょうど下志津陸軍飛行場跡の自衛隊北西端あたりから北東にのびる道の途中、墓地にさしかかったあたりで、良い香りがするので見れば蝋梅の花が満開であった。
もうこんな季節になったかと思えば、家の庭に咲く紅梅と白梅の写真を撮らせてくれとご近所の人が来て、写真を撮っていった。その方は、丁寧に出来た写真を置いていったが、侘び住まいの我が家の庭もたまには人の役に立つこともあるかと思った次第。

もうじき、桜も咲くだろう。しかし、桜はやたらに武士道と結び付けられ、わが海軍の襟章、袖章にも桜がはいり、だいたい予科練の七つ釦は桜に錨である。「桜花」や「桜弾」という特攻兵器の名前にもなった。

その桜の咲く頃となった1945年3月13日深夜に、大阪に大きな空襲があり、小生がいた奈良からも空が焼けるように見えた。大阪市街を襲った爆撃により、50万人ほどの人がなくなった。また、その3日前の3月10日の陸軍記念日には東京大空襲があった。東京でも大阪でも、無辜の市民がたくさん犠牲になった。東京でも上野あたりの早咲きの桜は既に満開だったという。だから、なんとなく桜という花には悲しい印象がある。

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あの大空襲は、しかしながら日本の方が先に中国に対して行った南京爆撃や重慶爆撃といった渡洋爆撃という名の無差別空襲の繰り返しでもある。日本の無辜の被災者は、当然ながら戦争の被害者であるが、日本全体としてみれば、日本の軍部は空襲の加害者になる。
しかし、軍人全体が戦争の加害者かといえば、そうではない。戦闘に加わっていないもの、例えば予科練、海軍予備学生などまで戦争の加害者ということはない。また戦争の遂行に指導的な立場であったものと、命令により捕虜殺害などの戦争犯罪に加担したものの責任の軽重は明らかであるが、「私は貝になりたい」で描かれたような悲劇も往々にしたあった。

あの終戦の8月15日、前夜は空襲警報もなく、やけに静かであった。その日は朝から大変暑く、正午に重大放送があると事前に知らされていたので、小生のいた航空隊でも、整列させられ、「玉音放送」を聞いたのであるが、反乱軍が妨害電波を発していたために、途切れ途切れでよく聞こえなかった。それでも、戦争に負けたということはなんとなく分かり、無条件降伏をすることになったと明確に聞かされると、嗚咽の声が聞こえ、みな呆然としていた。分隊長や分隊士から「軽挙妄動をするな、決して腹を切るな」と言われたが、小生など切腹の作法はどうすればよいのか、という疑問の方が先に立ち、そこまで考える者がいるとは思っていなかった。やがて海軍省などから慰撫書が届き、海軍軍人は悉く武装解除、日本海軍は解体することとなった。終戦、日本は負けた、いくら考えても埋まらない、いままで聞かされてきたこととのギャップ。「神州不滅」は嘘だったのか。日本は神の国、負けるはずがないのではなかったのか。その何とも表現できない思い。軍艦旗は降ろされ、奉焼された。

当時、鈴鹿空では士官のなかに山に籠って徹底抗戦するとか言い出すものもいたが、しばらくすると収まった。東京近辺では、近衛師団の一部参謀が反乱をおこし、それに陸軍航空士官学校の一部軍人が加担したし、厚木の海軍航空隊は小薗司令のもと徹底抗戦を叫び、一時騒然としたそうだが、関西ではそういうことはなかった。

しかし、終戦の放送のあった翌日16日に、三重空では香良洲浜で予備学生(森崎湊少尉候補生)が割腹自殺したというのを後から知った。あの分隊長たちから「腹を切るな」と言われたときに、切腹の作法のことを考えていた自分が何か恥ずかしく、非常な衝撃を受けた。

「若い血潮の予科練の七つ釦は桜に錨・・・」、霞ヶ浦が予科練の東のメッカなら、三重は西のメッカだった。
奈良空も1945年(昭和20年)3月に独立するまでは、三重海軍航空隊奈良分遣隊だった。その本隊での森崎湊予備学生の自決。

小生も二十年ほど前に、一度三重空のあった香良洲浜に行ったことがある。そこにある若桜福祉会館という予科練の記念館には三重空の隊門があり、軍艦旗が以前のように翻っていた。そうだ、俺たち自身が若桜だったんだ。会館のなかには、事務の人と小生以外は遺族らしい人数人がいたきりで、元軍人らしき人はほかにおらず、外にあるいくつかの慰霊碑、記念碑や大きな錨などが仰々しくみえた。

そこで見た森崎湊予備学生の写真は、小生が想像していた優しそうな顔ではなく、目の鋭い、顎の大きな、どちらかと言えば武骨な顔で、典型的な海軍軍人の顔立ちであった。映画監督の森崎東さんの実の兄ということだが、喜劇映画の監督である弟と目の鋭い士官候補生がどうしてもむすびつかない。

この森崎湊予備学生の日記などが、まとめられた本として、「遺書 海軍予備学生 森崎 湊」というものがある。その本の装丁にも何故か桜が使われている。

また、桜の季節が来るが、何となく悲しく思える。

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鉄道連隊のことを「千葉県の戦争遺跡」HPにのせてきたが、下志津支線については、殆ど記載していなかった。そのことを指摘され、また千葉駅周辺の廃線跡を歩くうちに、下志津支線の廃線跡を実際に歩いてめぐり、そのことについて書いてみようと思った。これは千葉の作草部から四街道の兵営にのびていたと考えられる路線である。

なぜ、千葉〜津田沼沼以外に、下志津支線を作ったかといえば、それは演習というだけでなく、四街道の野戦砲兵学校や野砲兵第十八連隊に物資を送るなどの意図があった。

1910年(明治43年)10月26日に第一師団経理部が陸軍大臣寺内正毅に提出した「下志津軽便鉄道敷設ノ儀ニ付伺 」によれば、
「下志津屯在各部隊構内外ノ儀ハ一般ニ地質軽鬆ニシテ降雨ノ際ハ忽チ泥濘ト化シ運輸交通特ニ困難ヲ感シ候ニ付別紙図面ノ如ク四ツ街道停車場ヲ基点トシテ手押軽便鉄道ヲ敷設シ以テ一般軍需品ノ輸送並ニ構内排出物ノ搬出ニ任シ度候ニ付右御認可ノ上之ニ要スル経費別紙調書之通リ御増額相成度此段相伺候也」
とあり、四街道周辺に駐屯する陸軍各部隊のための軍需品輸送などに四街道駅を起点とした軽便鉄道を利用しようとしたことが分かり、それが鉄道連隊の演習を兼ねた敷設となったものと思われる。

しかし、この路線、途中にあとから下志津陸軍飛行学校ができ、四街道手前で路線変更している。また終点がどうなっていたのかが、よくわからない。

こういう小さなことでも、分からないのはしゃくである。何とか究明したいが、その前にご存知の方がいれば教えてほしい。

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