海鷲よ甦れ

東海の浜に残りし飛行基地 「接敵できず」の文字に涙す *筆者並びに親族は、防衛省・自衛隊関係者ではありません

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桜雑感

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先日鉄道連隊の下志津支線跡を歩いていて、ちょうど下志津陸軍飛行場跡の自衛隊北西端あたりから北東にのびる道の途中、墓地にさしかかったあたりで、良い香りがするので見れば蝋梅の花が満開であった。
もうこんな季節になったかと思えば、家の庭に咲く紅梅と白梅の写真を撮らせてくれとご近所の人が来て、写真を撮っていった。その方は、丁寧に出来た写真を置いていったが、侘び住まいの我が家の庭もたまには人の役に立つこともあるかと思った次第。

もうじき、桜も咲くだろう。しかし、桜はやたらに武士道と結び付けられ、わが海軍の襟章、袖章にも桜がはいり、だいたい予科練の七つ釦は桜に錨である。「桜花」や「桜弾」という特攻兵器の名前にもなった。

その桜の咲く頃となった1945年3月13日深夜に、大阪に大きな空襲があり、小生がいた奈良からも空が焼けるように見えた。大阪市街を襲った爆撃により、50万人ほどの人がなくなった。また、その3日前の3月10日の陸軍記念日には東京大空襲があった。東京でも大阪でも、無辜の市民がたくさん犠牲になった。東京でも上野あたりの早咲きの桜は既に満開だったという。だから、なんとなく桜という花には悲しい印象がある。

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あの大空襲は、しかしながら日本の方が先に中国に対して行った南京爆撃や重慶爆撃といった渡洋爆撃という名の無差別空襲の繰り返しでもある。日本の無辜の被災者は、当然ながら戦争の被害者であるが、日本全体としてみれば、日本の軍部は空襲の加害者になる。
しかし、軍人全体が戦争の加害者かといえば、そうではない。戦闘に加わっていないもの、例えば予科練、海軍予備学生などまで戦争の加害者ということはない。また戦争の遂行に指導的な立場であったものと、命令により捕虜殺害などの戦争犯罪に加担したものの責任の軽重は明らかであるが、「私は貝になりたい」で描かれたような悲劇も往々にしたあった。

あの終戦の8月15日、前夜は空襲警報もなく、やけに静かであった。その日は朝から大変暑く、正午に重大放送があると事前に知らされていたので、小生のいた航空隊でも、整列させられ、「玉音放送」を聞いたのであるが、反乱軍が妨害電波を発していたために、途切れ途切れでよく聞こえなかった。それでも、戦争に負けたということはなんとなく分かり、無条件降伏をすることになったと明確に聞かされると、嗚咽の声が聞こえ、みな呆然としていた。分隊長や分隊士から「軽挙妄動をするな、決して腹を切るな」と言われたが、小生など切腹の作法はどうすればよいのか、という疑問の方が先に立ち、そこまで考える者がいるとは思っていなかった。やがて海軍省などから慰撫書が届き、海軍軍人は悉く武装解除、日本海軍は解体することとなった。終戦、日本は負けた、いくら考えても埋まらない、いままで聞かされてきたこととのギャップ。「神州不滅」は嘘だったのか。日本は神の国、負けるはずがないのではなかったのか。その何とも表現できない思い。軍艦旗は降ろされ、奉焼された。

当時、鈴鹿空では士官のなかに山に籠って徹底抗戦するとか言い出すものもいたが、しばらくすると収まった。東京近辺では、近衛師団の一部参謀が反乱をおこし、それに陸軍航空士官学校の一部軍人が加担したし、厚木の海軍航空隊は小薗司令のもと徹底抗戦を叫び、一時騒然としたそうだが、関西ではそういうことはなかった。

しかし、終戦の放送のあった翌日16日に、三重空では香良洲浜で予備学生(森崎湊少尉候補生)が割腹自殺したというのを後から知った。あの分隊長たちから「腹を切るな」と言われたときに、切腹の作法のことを考えていた自分が何か恥ずかしく、非常な衝撃を受けた。

「若い血潮の予科練の七つ釦は桜に錨・・・」、霞ヶ浦が予科練の東のメッカなら、三重は西のメッカだった。
奈良空も1945年(昭和20年)3月に独立するまでは、三重海軍航空隊奈良分遣隊だった。その本隊での森崎湊予備学生の自決。

小生も二十年ほど前に、一度三重空のあった香良洲浜に行ったことがある。そこにある若桜福祉会館という予科練の記念館には三重空の隊門があり、軍艦旗が以前のように翻っていた。そうだ、俺たち自身が若桜だったんだ。会館のなかには、事務の人と小生以外は遺族らしい人数人がいたきりで、元軍人らしき人はほかにおらず、外にあるいくつかの慰霊碑、記念碑や大きな錨などが仰々しくみえた。

そこで見た森崎湊予備学生の写真は、小生が想像していた優しそうな顔ではなく、目の鋭い、顎の大きな、どちらかと言えば武骨な顔で、典型的な海軍軍人の顔立ちであった。映画監督の森崎東さんの実の兄ということだが、喜劇映画の監督である弟と目の鋭い士官候補生がどうしてもむすびつかない。

この森崎湊予備学生の日記などが、まとめられた本として、「遺書 海軍予備学生 森崎 湊」というものがある。その本の装丁にも何故か桜が使われている。

また、桜の季節が来るが、何となく悲しく思える。

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