海鷲よ甦れ

東海の浜に残りし飛行基地 「接敵できず」の文字に涙す *筆者並びに親族は、防衛省・自衛隊関係者ではありません

閑話休題

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冬枯れ ケータイ投稿記事

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冬は、落葉樹が葉を落とし、細い枝が姿をあらわすが、寒気のなかで、そういう冬枯れた景色を見るのも、風情がある。

昔は、よく落葉焚きをやって、子供は芋など焼いたものだ。中には、正月の神社などの参拝のついでに、古い御札や注連縄と一緒に芋を持って来て、焼き芋を焼く不心得者もいた。

東京に出て来て、半世紀以上が過ぎたが、田舎の祭りや正月の風景をたまに思い出す。
田舎で変に知恵のついていた自分たちは、小学校の学校同士での球技大会で、何かと「マイボール」と審判に訴え、英語の分からない他校の生徒が、ポカンとしているすきに得点を稼いだりした。

そういう仲間も、なくなった人が増えてきた。学校の恩師や会社勤めをしてからの上司、先輩は、とっくに鬼籍に入っている。

もうすぐ正月だが、年寄になってからは、年をまた一つとるだけと、思うのみである。

「マイボール」とか生意気なことを言って、ボールを無心に追いかけていた子供のころは、自分が老人になるなど想像もできなかった。

今は、時間が惜しくてならない。

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「千葉県の戦争遺跡」HP
htttp://www.shimousa.net
では、BGMとしてクラシックなどを流していたが、このほど軍歌について資料室というメニューのなかで書こうとした。というより既にページは出来ているのだが、それを公開するには、音楽著作権の問題があるのであった。インターネットの場合では、インタラクティブ配信に関わる届をしないといけない。

軍歌なら、作者が死んでから50年以上経っていたり、著作権が消滅しているのが多いのだが、ひっかかったのは、「なんだ空襲」というもの。これは山田耕筰作詞なのだが、内容は空襲の対策をあれこれ述べているものの、実効性に薄いようなもので、「焼夷弾なら馴れ子の火の子だよ」などと空襲の被害を軽視するようなものになっている。それに注目して記事を書いたが、その歌自体に著作権が残っていた。音楽著作権と一言でいっても、内国曲と外国曲で扱いが違う。外国曲は扱いがむずかしい。なにしろ、著作権団体が承認するほかに、作者の承認もいるし、権利関係も複雑である。

このあたりの事務手続きは、HPを手伝っている森-CHANの方でやってくれている。

日本の歌であれば、日本音楽著作権協会に申請してインタラクティブ配信の許可を得るしかない。日本の歌はそれで済むが、外国曲は独自の著作権をもっている。

内国曲の場合、申請するための書面を作り、基本契約を結ぶことから始まる。その申請の書類には概要書として、ディレクトリ構成を含むHP自体の概要、音楽配信の内容、課金をする場合にはその仕組み、リクエスト回数の把握可能な仕組みなどを記載したものを添付しなくてはならない。

こういうことは、なかなか分かりにくく、特に外国曲に関しては、何らかの手続きをした人も少ないのではないか。
そうはいっても、届けないといけないものは、そうするしかない。

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最近、少々驚いたこと。それは、若い人が軍隊や兵器などの用語にあまりに無知なこと。戦争を直接知っている70代以上、あるいは敗戦の傷跡がなまなましい時期に育った60代は、そうではないと思うが、復興が始まり、軍の痕跡の失われていったころに育った、その下の世代は、一部の人を除いて軍隊用語、軍事的な言葉、昔の慣習に疎い人が多い。

親戚の森-CHANの話では、柏市正連寺でみつかった掩体壕を含め戦争遺跡の調査と保存について、「手賀の湖と台地の歴史を考える会」が柏市長に要望書を提出したのに前後して記者会見をしたのだが、その際記者たちは掩体壕というものが何か分からず、その説明にだいぶ時間を使ったようだ。記者の頭のなかでは、格納庫と掩体壕がごっちゃになっていて、説明に苦労したらしい。

もしかすると、隼と零戦の区別もつかないのではないか。そのうち、開戦年月日がいつで、日本海軍がどこに攻め込んだのかとかも知らない記者も出てくるかもしれない。

テレビのドラマや映画でも、おかしなことが多い。

海軍と陸軍では、階級の呼び方にも違いがあり、海軍では大尉を「だいい」、大佐を「だいさ」というが、そう呼んでいたのは、昔の映画、例えば市川雷蔵主演の『陸軍中野学校』などに限られ、今の映画やドラマは陸軍も海軍も同じになっている。

唐沢寿明主演の『不毛地帯』というテレビドラマが最近放映されたが、そこでも関東軍の上級将校、将官たちの髪型がなぜか長髪で横わけとかしていた。

滅茶苦茶である。なぜ皆坊主頭にしないのか。そちらのほうが、床山さんのセットもいらず楽ではないか。海軍ならいざしらず、陸軍ではありえない。将校も将官も、みな坊主頭である。陸軍で長髪が許されるのは、憲兵か特務機関くらいなもんである。これも、昔仲代達也主演の映画の方は観たが、そちらではそうおかしな設定はなく、違和感がなかった。

最近では、時代考証に手間ひまかける余裕がないのか、そういうところがずさんな作りだと、何だか見る気持ちになれなくなる。せっかくの大作ドラマが、まことに残念である。

(写真は陸軍中将当時の田中静壱)

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八ッ場ダムのマスコミ報道は、どうもおかしい。住民の話として、町長や観光協会の会長らの談話か声明のようなものが出てくるが、納得感がない。

なんで、ダムをつくることに、そんなにこだわるのか。もともと、地元住民は反対だったのではないか、と思っていたら、やはり今でも反対している人は多いのだそうだ。ところが、そういう人たちは表に出てこない。あるいは出ないようにさせられている。出てくるのは、町長ほか一部住民のみ。

小生は、もちろん地元の人間ではないが、いまさらダム建設など、この時代にははやらない、効率的でないし、電力は今や殆ど別な手段で供給されているし、今回の場合は治水にも役立たないようだ。また飲み水としては、東京をはじめ首都圏は、利根川からとっている場合が多く、場所によっては地下水によってそれすら不要な地域もある。

ダム建設推進派の論拠としては、今まで莫大な金を投じたのだから、今後も莫大な金を投じなければ、今までの投資が無駄になるというのがあるが、実にナンセンスである。

以下は、八ッ場あしたの会のHP http://www.yamba-net.org/ からの引用である。

八ッ場ダム建設事業の事業費は4600億円(水源地域対策特別措置法事業と水源地域対策基金事業も含めると、約5900億円)とされているが、ダム事業を継続すれば、ダム完成までに事業費の大幅増額は必至である。増額要因としては、東京電力への多額の減電補償(吾妻川の大半を取水している5つの発電所への発電減少分の補償)が残されていること、貯水池予定地の周辺で地すべりの危険性がある場所が22箇所もあるため、大滝ダムや滝沢ダムの例に見るように、新たな地すべり対策費が膨れ上がる可能性がきわめて高いこと、関連事業の工事進捗率がまだ非常に低く、完成までにかなりの追加予算が必要となる可能性が高いことなどがある。


また、7割出来ているという工事進捗も、実際にはずっと低く、さらに今までと同じくらいの追加が必要なんだそうである。

そのつけはどこに回っていくかといえば、首都圏の住民である。殆ど実効性のないダムの高額な負担金を水道料金などにのせられて払うわけである。まったく、不合理も甚だしい。

地元住民は、父祖伝来の土地を水没させることなく、今後の生活をしていけばよい。既に引っ越したひとなどへの補償は、国が行うべきであるが、その負担がダム建設を継続する場合の負担より大きくなることなどあり得ない。

周囲の住民にとっては、経済的負担が増え、治水ではキャサリーン台風並みの台風が来たら何の役にも立たず、おまけにダム湖の地滑りの危険が増え、その対策費用にも多くの金を必要とするダムなど、無用の長物である。

小生民主党を支持する者でも何でもないが、今回の民主、社民、国民新党連立政権の判断は正しいと思う。異を唱えるのも、結構であるが、まやかしでない、明確な論拠を具体的な数字をあげて説明してもらわねば納得できない。というより、今までの彼らの行動をみていると、裏に自民党がいて、民主党の前原に嫌がらせ半分で、物を言っているように見られても仕方がない。

ダム建設推進派など、国民は支持しない。ちゃんと、反対派住民も表にでて発言できるようにすべきである。ダム建設推進派、反対派でずっと長い間対立し、両者の感情面では、いろいろしこりがあるのは、同情するが。マスコミもなぜ、今も大勢いるらしいダム反対派に取材しないのか、不思議である。

参考サイト:八ッ場あしたの会  http://www.yamba-net.org/
参考ブログ:中年ジェット (城たくや氏)

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ある神社の本殿をみていたとき、ふとこれは古代の高床式建物の名残ではないかと思った。

そういう説はあるらしい。高床式建物は東南アジアで住居として使われていたものが、稲作などと一緒に中国を経て日本に伝えられたようだ。高床式建物は、日本では、弥生時代に穀物を蓄えるための倉庫として用いられたというが、奈良の正倉院などもまさにその形である。

出雲大社や伊勢神宮なども、古代のそういう建築を色濃く今に伝えている。高床式の発展形が、神社建築様式のひとつである神明造とも言われる。神明造に限らず、どの神社もそんな感じである。

<伊勢神宮>
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しかし、一般庶民は平安時代くらいまで、縄文時代からの延長で竪穴式住居に住んでいたらしい。特に東国においては。

一方、西国は百済などの使節が来たりするため、じべたに直に座って生活しているのを見られるのは具合が悪いとおもったのか、はやくから住居も高床にシフトしていったとか。

神社は、近世においては柱や梁、欄間などに彫刻を彫ったり、豪華に装飾されたが、基本の姿は変わらない。鳥居を立てるのも、多少形が神社によってちがうだけで、基本は一緒である。
そのルーツは、東南アジアであろうことは、まず間違いないだろう。

<柏市塚崎の神明社>
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昔の国粋主義者などは、そういう説には当然反対で、日本古来と主張するだろうが、もともと日本にあったとか、日本でつくられたものはわずかである。
およそ独自と思っていた日本語からして、ウラル・アルタイ語系のなかのアルタイ諸語の一つで、満州人のしゃべる満州語や韓国語と近い言葉なのである。原始時代は、国の境もなかったから、今のロシア方面からどんどん日本列島に人が入ってきたので、言葉ではそういう痕跡があり、稲作などは中国の長江流域から入って来て、中国大陸からは朝鮮半島を経て、あるいは東シナ海を渡って直接、いろんな文化や生活の手段がもたらされたため、神社の建築になるような建物の様式もはいってきたのだろう。

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