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紅葉のシーズンとなり、京都の嵐山や各地の観光地は、行楽客でいっぱいである。小生、秋口に体調を崩したが、なんとか回復した。北小金の本土寺にはいったが、その頃はまだ紅葉は本格的になっていなかった。 昔よく行った、京都の嵐山、嵯峨野、保津川、あるいは岡崎から東山へ出るあたり、銀閣寺、永観堂、青蓮院など、さらに南禅寺あたりの景色が目に浮かぶ。南禅寺の近くには、琵琶湖疏水などもあった。年とって、あまり外出がままならぬようになると、無性にそういう場所が懐かしくなる。下の動画はちょっと遊びで入れてみた。同じような細工は「千葉県の戦争遺跡」HP(http://www.shimousa.net)のタイトルにもしたが、HPの方はJAVAというプログラム、こっちはもっと簡単なFlashというものだ。 少々、贅沢な趣味であろうが、若い頃から、景色の良い場所などにいろいろ出かけて、少し飲んで帰ることがよくあった。先斗町や祇園には縁がないが、四条木屋町あたりの焼き鳥屋で飲んで、阪急電車にゆられて帰ると、兵庫の家に着くころには酔いが醒めている。 秋も良いが、春も良い。円山公園の枝垂桜。帰りには芦屋川の桜を見ながら家に帰った。 正月に京都御所に行って、警官がいたので道を聞いたら、九州の警官でこっちが知っている場所も地図で探し出し、かえって聞かなければよかったと思ったこともあった。 関東では京都のようなところといえば、鎌倉なんだろうが、今の年で鎌倉まで行くのは、昔兵庫の家から京都へ通ったより、だいぶ遠い感じがする。実際は、大して変わらないと思うのだが。 また、京都か鎌倉か、どこかそういう場所に行ってみようと思う。 (写真は京都の祇王寺)
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閑話休題
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昭和の初め頃は、家に電話があるのは、とんでもない金持ちであった。その頃は、自転車などに乗っている人も少なかった。明治時代であれば、自転車を見たことがない人もいたであろうし、カメラで写真を撮るのもごく一部の金持ちとかに限られていたであろう。 今は、マイカーを持っているのは、むしろ当たり前。電話がない家も、ほとんどない。もちろん、電話の中には携帯電話も入るから、今はむしろ固定電話がなく、携帯のみという人も多いだろう。固定電話も携帯電話も持っていないとなると、ごく少数派である。ご丁寧に、携帯電話にはカメラが着いているものが、日本では多い。 写真は以前のモーターショーのひとコマ。トヨタ自動車の「i-swing(アイ スイング)」という、一人乗りの自動車である。これはゴーカートみたいといえば、そうであるが、立派に走るらしい。 モデルの女性が乗り込む。 少々窮屈か。しかし、なかなかお洒落である。 車もそうであるが、いろんなものにハイテクが使われている。携帯電話など、まさにハイテクの塊なのであろう。昔は、せいぜいトランシーバか、無線で交信していた。モールス信号で暗号を無線電信で送るなんているのは、古い話だが、昔も今もセキュリティは大事だ。 旧海軍は福留中将がゲリラにつかまって暗号コードブックに書かれていた情報が米軍に渡り、暗号が解読されていたのに、頑迷にもその事実を信じようとせず、戦争末期に大きな犠牲を出した。 これからの十年、日本も世界も大きく変わるだろう。どんな風に変わるのか、知りたいと思うが、もうその頃には小生はこの世にはおるまい。日々を正直に、着実に生きるのみである。 |

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「千葉県の戦争遺跡」のHPを作っていたgooの簡単ホームページが、サービスをやめ、9月末で終わりとなった。 その知らせをメールで知った小生、「千葉県の戦争遺跡」のHPを作り直すことに決意。 ここに、「千葉県の戦争遺跡」のHPをリニューアルすることを宣言する(といっても、森-CHANに頼み、あらかたは出来ている)。 URLは 本当は、chiba.netというドメインが欲しかったのだが、誰かがすでに取得していた。 このshimousa.netとは、もちろん下総ネットという意味である。このURLで「千葉県の戦争遺跡」を立ち上げ、サブページでほかのHPもくっつけることにしようと思っている。 (写真は松戸市栗山の日蓮宗本久寺)
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安倍政権は、支持率急降下。例の社保庁問題で、まさに年金制度崩壊。年金支給漏れの発覚は広がっているし、今度は金持ち優遇の税金問題が浮上してきた。参院選を前にして、早くも責任論も出始め、次は麻生政権かという声も聞こえてくる。結局、安倍政権とは何だったのか? |

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今も家にSPレコードがあるが、昔『兵隊さんよありがとう』という歌があった。作詞:橋本善三郎、作曲:佐々木すぐる、1939年(昭和14年)頃の戦時歌謡であるが、こんなもん童謡といっていいのだろうか。 |

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