海鷲よ甦れ

東海の浜に残りし飛行基地 「接敵できず」の文字に涙す *筆者並びに親族は、防衛省・自衛隊関係者ではありません

大東亜共栄圏の虚妄

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神戸・南京をむすぶ会の方より、以下の案内があり、転載するものです。

***
南京、海南島フィールドワークに、21名のメンバーで行ってきました。第15回目の訪中で、神戸・南京をむすぶ会と兵庫在日外国人教育研究協議会の共催によるものです。以下のようにインターネット報道されています。
(複数のメーリングリストに投稿しています。重複して受け取られる方には申し訳ありません。)

また、「南京・海南島フィールドワークノート」(A4版、88頁)を560円で販売しています。購入希望者は、送料80円とあわせて640円分(80円切手8枚)を神戸・南京をむすぶ会事務局(〒657-0064 神戸市灘区山田町3-1-1 神戸学生青年センター内)にお送りください。

また、以下のように報告集会を開きます。ご参加をよろしくお願いします。
●報告集会の日程
日時:2011年9月30日(金)午後6時半
会場:神戸学生青年センター
※午後8時?から、小陽春で懇親会の予定です。
※懇親会の方は、事前に参加のお返事をよろしくお願いします

***

なお、同じ団体の活動を報じたものとして、新華社の日本語版に以下の記事があった。


「8月15日、南京各界の百人余りと日本の友人が中国を侵略した日本軍が行われた南京大虐殺で殺害された同胞記念館で和平集会を行って、中国人民抗日戦争勝利66周年を記念し、南京大虐殺に見舞われた30万人の同胞を悼んだ。和平集会に参加した日本団体は日本銘心会・南京第26回友好訪中団、神戸・南京を結ぶ会第15回訪中団、長崎日中友好希望の翼第9回の訪中団となる。」

ご参考まで。

不戦大学

不戦大学というのがあるという。不戦兵士の会のほうでやっている講演会である。
以下、案内文。
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不戦大学 「戦後」65 年・「韓国併合」100 年の今年

「戦争」と「戦後」を問う
裁かれなかった植民地支配・裁かれた朝鮮人

◇ 日 時 2010 年10 月2日(土)13 時30 分〜16 時30 分(開場13 時)
◇ 講 師 内海愛子さん(早稲田大学大学院客員教授)
◇ 会 場 東京・渋谷区立「千駄ヶ谷区民会館」集会場
東京都渋谷区神宮前1−1−10 tel 03−3402−7854
JR 原宿駅 『竹下口』 下車 徒歩10 分
◇ 会 費 1000円 *お誘い会わせてのご来場をお待ちしております!

戦後65 年の今年は、日本が朝鮮を強制併合して100年の節目の年です。
アジア太平洋戦争(15 年戦争)で日本が降伏した後、連合国が日本の戦争犯罪を裁いた「東京裁判(極東国際軍事裁判)」では、朝鮮、台湾などの植民地支配は、全く裁かれませんでした。
しかもこの裁判で戦犯となった人物たち(A級戦犯)は、その後日本政府によって復権が図られました。
もう一つの裁判がありました。5,700 人が裁かれ、1,000 人近くが処刑されたBC級戦犯裁判です。BC
級戦犯の7%超が旧植民地の出身者です。
そこで問われた戦争犯罪とは何なのか。なぜ朝鮮人軍属(植民地下で徴兵徴用され、日本軍の末端で働いた)が裁かれたのか。
天皇の戦争責任が裁かれなかったことは議論されてきましたが、植民地支配の問題については、これま
でほとんど問題にされてきませんでした。90 年代から相次いだ韓国人や中国人の戦後補償裁判が、過去の日本の侵略戦争と向き合い、問い直す場となっています。植民地支配の清算は、まさに今日の課題です。
「東京裁判」で裁かれなかった植民地支配と、BC級戦犯で裁かれた朝鮮人の問題をとりあげ、今、何
が問われているのかを考え、討論いたしましょう。★「植民地朝鮮」を知るために、当日、朝鮮総督府が昭和12(1937)年に制作した『銃後の朝鮮』を上映します。日中戦争で日本の勝利を宣伝する戦争広報映画です。

主催/不戦兵士・市民の会 tel 0438-40-5941 fax 0438-40-5942
千葉県木更津市八幡台2−5 Cー1
後援/第9 条の会・オーバー東京 tel 03-5377-5885 fax 03-6762-3233
東京都杉並区阿佐谷南1ー37ー11ー301

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戦争やそれに先立つ植民地支配で、日本の圧迫を受け、苦しんだ側は、いつまでもその痛みを忘れないのである。そのあたりを今の日本人の多くが忘れ去っていることが、国際摩擦を生む大きな要因になっているようにも思う。
戦時中やそれ以前はともかく、戦後しばらくはそうではない時期があったのである。戦後の焼け跡で活発に商売などしていたのは、中国、朝鮮の人で、日本人も彼らと一緒に買い出しや行商などしていた。そうしたことすら、今のひとは知らないのではないかと思う。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/40/79/hari_kenji/folder/1766034/img_1766034_52436836_0?20090521221553

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/40/79/hari_kenji/folder/1766034/img_1766034_52436836_1?20090521221553

映画「南京!南京!」が物議をかもしているが、そんなことはとっくの昔に周知のこと。

ただ、南京大虐殺に関与した元軍人たちが、戦犯になるのを恐れて言わなかっただけだ。

ナチがユダヤ人を収容所で大量に殺戮したのは、全世界が認めている。ナチの戦犯は、南米に逃れても、探し出されて処刑された。カティンの森でポーランドの将校たちが、旧ソ連のスターリンの命令で殺されたことも、旧ソ連は認めた。

中華民国の蒋介石総統と南京政府は、15年戦争期において、中国で戦争犯罪を犯した、ほとんどの日本人の罪を許した。それで、日本は中国をはじめ、アジア諸国に少しばかりの賠償金を払うだけで、戦後補償ができた。しかし、中華民国の次に、中国大陸に樹立された中華人民共和国は、少しく南京政府とは違う態度をとっているが。

そういう経過を知らない、無知な日本の若者は、南京大虐殺はなかったなどという歴史偽造者のウソにだまされ、またステレオタイプのごとく、同じことを言っている。

南京政府が日本の戦犯をもっと厳しく追及していれば、逆によかったのかもしれん。南京大虐殺に関わった日本軍兵士には内地帰還後、軍当局から親兄弟にも話すなと緘口令が布かれ、勿論本人も人に話すことができるような話ではないから、なかなか実態が分からなかった。しかし、一部の部隊の日誌や軍人の日記には、虐殺の事実が明確に記載され、のちに偕行社の調査でも虐殺の事実が出てくるなど、無数の文書上の証拠、証言が事実を裏付けていった。

それをいまさら、地球の自転を逆に回すようなことを言うのは、人類の徳性に対する挑戦である。

最近では、埼玉県某市に住む「支那豚」という偽中国人まで担ぎ出し、反動勢力はその否定に躍起である。しかし、そうした国賊どもがどう騒ごうと、もはや「南京!南京!」のような映画の製作は、ずっと続くし、歴史の真実は曲げられないのである。





転載元転載元: 俺もおまえも 東葛そだち

台湾先住民族と日本

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写真は、絵ハガキで、「八八式軽爆撃機と蕃人頭目」とあり、陸軍の八八式軽爆撃機の前に民族衣装を着た台湾先住民族の男女5人が記念撮影したようなものである。

八八式軽爆撃機は、川崎造船飛行機部(今の川崎重工)の製作になる爆撃機であるが、もともとは偵察機であったものに、爆撃のための装置を加えて、爆撃機としたもの。昭和初年に活躍した古いタイプの飛行機であり、日中戦争初期の時期まで使用された。

しかし、なぜそれをバックに台湾先住民族、それはかつては「蕃人」と呼ばれ、太平洋戦争のころには「高砂族」として日本人扱いされ、今は中国では「高山族」(カオシャンズー)と呼ばれている人々が写真を撮っているのであろうか。台湾にあった、日本陸軍の飛行基地の何かの行事であろうか。

そもそも、台湾先住民族とは中国の明の時代に、漢族が大陸から渡ってくる前から台湾に住んでいた、マレー系を主体とし、フィリッピンや琉球から流れ着いた人々とも混血しながら、台湾全土に分布していた民族であり、それ自体20位の部族に分かれている。昔は、残酷な話であるが、部族間の争いなどで、「出草」といって首をとる風習があった。彼らは、その後大陸から入ってきた漢族によって圧迫され、海岸近くにいた部族も含め、山岳地帯に住むようになった。それで、「高山族」という。中国の人口統計では、「高山族」は3千人を超えるほどであるが、実際は何十万人だそうだ。その部族は、アミ族、パイワン族、タイヤル族、ブヌン族などである。

写真にうつっているのは、パイワン族という比較的数の多い部族らしい。台湾を植民地としていた、かつての帝国主義日本は、台湾先住民族の文化・風習を無視した統治を行ったために、その圧政に対する不満もあって、先住民族の結婚式への日本人の非礼な態度をきっかけとして起こった霧社事件は、台湾総督府に対して大きな衝撃を与えた。以降、先住民族統治は、先住民と日本人は対等であることを前提に、より巧妙に日本人への同化を政策とする方向に変わっていった。それで、呼び方も「蕃人」ではなく、「高砂族」になったのである。

「高砂族」といえば、我々が強烈に記憶しているのは、戦後30年近く経った1974年12月に、元日本兵であるとして南方の島で発見された中村輝夫元陸軍一等兵のことである。中村さんは、れっきとした元日本兵であるのに、「高砂族」出身というだけで、結局元日本兵としての処遇を日本政府はとらなかった。
中村さんは志願兵であるが、そもそも「高砂族」の義勇兵は、ジャングルの生活に慣れており、勇敢で我慢強いといった適性を持っていたため、南方での戦闘などに重宝されたのである。それを使い放題使っておいて、戦争が終わったら日本兵と認めないとは、いったいどういうことであろうか。日本政府は、かつての侵略戦争への反省が不十分であるだけでなく、けちな根性にもほどがあると思う。

これは同じ帰還元日本兵でも、同じ年に出てきた小野田元陸軍少尉や横井元陸軍軍曹とは、おおいに扱いが違ったわけである。マスコミは、最初のころは、中村さんのことをさかんに報じたが、政府の決定を受けてか、やがて全く報道しなくなった。日本に失望した中村さんは生まれ故郷である台湾に渡り、そこで一時英雄扱いされたのも束の間、不幸なことが重なり、やがて病死してしまった。

話が、だいぶ横にそれた。前記のパイワン族を含め、台湾先住民族は、手先が器用で、トンボ玉のような工芸を得意としている。彼らの生活を紹介しているような動画が、以下の通りにYouTubeにあったので、掲載しておく。





成田市の八生地区に戦時中に日本軍が撃墜した米軍機について、そのパイロットの遺骸埋葬と引き取りに関する経緯は、以前書いたが、その所縁の場所をさがすうちに、偶然二宮(埴生)神社という古い神社境内に「征清従軍記念碑」があるのを見つけた。

「征清」とあるように、日清戦争にかかわる記念碑である。これは県内でもかなり古い部類であろう。日清戦争は、1894年(明治27年)7月から1895年(明治28年)4月にかけて戦われ、当初「眠れる獅子」と呼ばれた清朝中国が優位と考えられていたが、日本が勝利し、講和条約において「1.清は朝鮮が独立国であることを認める 2.清は遼東半島・台湾・澎湖諸島を日本に譲渡する 3.清は賠償金2億両を金で支払う」という条項を清朝にみとめさせ、中国大陸や台湾に日本帝国主義の基盤を形成したという戦争であった。

イメージ 1

なお、この「二宮神社」は船橋市三山にある二宮神社とは、まったく関係がない。成田市のHPによれば、

「成田西陵高校のグランド近くにある神社で、経津主命(ふつぬしのみこと)をまつっています。つくられた年代は不明ですが、古い記録によると平安時代にはすでにあったようです。古くは二宮埴生(はぶ)大明神と呼ばれていましたが、明治元年(1868)に二宮埴生神社、明治中期に現在の名称に変えられています。この神社は、昔の埴生(はぶ)郡の総鎮守で、3つの神社から成り立っている「埴生神社」の一つであり、一の宮が栄町の矢口(やこう)に、三の宮が成田にあります。 7月27日の祭日(祇園)には、山車の引き回しが行われます。」

ということである。

その成田市の二宮神社にあった「征清従軍記念碑」は高さ1m20cmくらいで、西洋凧に近いかたちの石に題字と従軍した地区の人の氏名を刻んでいる。

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碑の裏面には、氏名が刻まれているものの、経年風化し、判読がやや難しくなっている。建立は「明治二十九年」、氏名は「陸軍歩兵一等卒  何某」という具合に列記されている。

明治時代の当時は一等兵と呼ばずに、一等卒。兵と呼ばれるのは「上等兵」以上で、上等兵以上にはなかなかなれなかった。その兵と卒とは、厳然とした差があったのである。

自分の親父の話であるが、日露戦争直後に陸軍に応召していた親父は、部隊でも模範兵であったが、どういうわけか上等兵になれず、一等卒のままであった。親父は、歩哨に立ってやることがないと、ひげを抜いたり、星を見たりして長い時間をつぶしながら、その境遇について考えていた。

日露戦争はすでに終わっており、戦功をたてることもできず、利口でも器用でも、門閥にも関係なし、資産もなければ毛並みが良いわけでもない親父は、一選抜になれなかったのである。

最近、忘れていたことをふと思い出すことがある。多くの戦死者を出した日清・日露戦役。それは日本帝国主義の膨張のための戦いであって、祖国防衛戦争や民族解放戦争のような戦いではない。そこで犠牲にならなくても、親父のような兵隊はごまんといただろうし、兵隊にとられている間、その家族は田畑をまもって苦労を強いられた。

記念碑の「一等卒」の文字に、死んだ親父のことを思い出した。

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