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波佐見焼の起こりに、重要な資料となり
整備保存が行き届いている肥前陶遺跡がある。
17世紀初頭に開窯になったとされる畑ノ原窯跡
の遺跡で昭和56年に調査が行われ炎博開催に向
けて、整備保存が整った。
畑ノ原窯跡については、以前に記事をアップして
いるので、今回は対面に位置する山似田窯跡に
ついて、手元の画像資料を用いながら・・・
資料陶片も少し。
山似田窯跡の対面に見える畑ノ原窯跡 森の木々の中に3段状に連続屋根が掛けて
ある部分になる
整備された、畑の原窯跡公園の駐車場から見た
山似田窯跡の遠景
すぐ横まで車で行く事が出来、正面に説明板が
設置してある。
波佐見町が調査の後、設置した説明板の内容。
窯が築かれたとされる時期には、かなりの差が
あるが、陶器が焼かれていた時期と磁器が焼か
れるようになった時期に開きがあると解釈すれ
ば、良さそうだ。
(別名・脇ノ谷窯とも呼ばれた)
開窯当初、焼かれていた肥前陶器
一般には平戸系古唐津として紹介されており、
江戸初期頃までの肥前陶器全てが、総称にて
古唐津と呼ばれているが、
学術上は、唐津以外の肥前陶として分類してある
ようです。
(唐津港から積み出されて無い為だろうと思う)
17世紀中葉になって焼かれ始めた染付磁器。
殆どの波佐見諸窯はこの頃に開窯した窯場が多く、
意匠も似たものが多い。
梅・松・蔓草・唐草・笹・柑橘・山水・寶文・
文字文・網目文などが多く描かれている。
(17世紀中葉〜18世紀前期)
これらは波佐見焼の特徴的な意匠で、
その多くは、18世紀中葉頃に大量生産の技術が
確立し、大量出荷されるようになった、いわゆる
「くらわんか」手にも多量に描かれてきた。
次は素地及び呉須の発色も良く似ており、
この山似田窯の製品との、断定には至らないが
同様の梅と雪持笹をモチーフに描いた蕎麦猪口を
ブログ友の不あがりさんが紹介されている。
↓
波佐見の窯場では磁器生産当初からこのような
意匠を用いている。
従って文様の図柄のみで「くらわんか」とするには
時代の違いが生じる。
紹介されている梅笹文猪口は、くらわんかとは違い
更に時代が遡る頃の丁寧な作の製品と思われ、
高台内に観られる釉切れ痕は、生掛焼成か。
高台畳付には焼砂を用いた跡も観られる。
古い書籍に似たような蕎麦猪口が紹介されていた
ので、アップしてみたが、こちらは更に時代が
古いものと思われる。
不あがりさんが紹介してくれた蕎麦猪口は
この画像のものより後期であろうと思われるが、
時代的には江戸初期と中期の中間ほどに位置し、
中期以前と観ても良いのでは。
掲載されている蕎麦猪口。
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なるほど波佐見からの三段の窯址確認しました。
不あがりさんの生掛け納得です。
時代考証も参考になりました。
ナイスです。
[ ことじ ]
2016/7/1(金) 午後 10:03
森川天様へ
全く知識の無い私の猪口を考察して頂き本当に感謝しております。私はくらわんかにばかり拘ったものですから。勉強になりました。ここまでお調べ頂き本当に有難い。何とお礼を申し上げて良いのか判らないほど嬉しいです。薬の関係でまだ朦朧としております。あらためて読み直して良く勉強したいと思います。有難うございます。感謝しております。ナイスです。有難うございます。
2016/7/2(土) 午前 1:22
波佐見で焼かれた唐津ですか。
行ってみたい窯跡ですね。そして磁器の焼き始めからくらわんかに至るんですね。
素朴で厚めの染付でくらわんかのような違うような
ものも、この近傍の窯なんでしょうか?
[ 雪月亭主人 ]
2016/7/2(土) 午後 0:09
今度は波佐見焼の窯跡ですね!
波佐見焼でも、随分と早くから磁器を焼いているんですね。
波佐見焼の製品も、随分と古伊万里の中に入り込んでいるんでしょうね。
ナイス!
[ Dr.K ]
2016/7/2(土) 午後 6:31
> ことじさん
畑ノ原窯は波佐見焼の起源期に操業していた窯場のひとつで
大切に保護されています。
今回、取り上げた山似田窯と同時期の操業のようです。
現在の波佐見焼の拠点はここより東側に数キロ離れています。
[ 森川天 ]
2016/7/2(土) 午後 8:57
> 不あがりさん
とても良く似た製品は、長尾地区皿山や三股地区皿山でも
生産されており、特定に至りませんでしたが、成形などから
みても、くらわんかの時代より上りそうです。
好いものと出会いましたね。
[ 森川天 ]
2016/7/2(土) 午後 9:01
> 雪月亭主人さん
波佐見焼の大操業時代はこの窯跡から数キロ東側の地区です
世界最大級の登り窯跡が複数箇所、残されていますよ。
[ 森川天 ]
2016/7/2(土) 午後 9:06
> Dr.Kさん
不あがりさんの問いかけに呼応して、コメント書こうと思い
ましたが、長い文章になりそうでした。
いっそ、ブログアップした方が手っ取り早いようでした。
伊万里として紹介されているのを目にしますね。
今回ブログアップした溝縁の陶器皿も正確には唐津では
無いわけで、総称というのは便利なものです。
[ 森川天 ]
2016/7/2(土) 午後 9:17
森川天様へ
偶然とはいえ。良い買い物をしたようです。金も無い時ですから。とにかく競り合ったら負けと思っておりました。ホント運よく競り合う事も無く手に入れる事が出来ました。これは落札したと言うより。品物に来て頂いたという気がしております。ご丁寧にご解説頂き本当jに感謝しております。有難うございます。
2016/7/3(日) 午前 0:07
おはようございます。
畑ノ原窯は、ちょっと外れた位置にあったように思うのですが
創業時代の窯跡なんですね。
成程です。
波佐見の製品は伊万里(有田)と比べて一寸雰囲気がちがいます。
やはりあっさりしている感じでしょうか?
この波佐見の名品は三股の青磁と思います。
炎博の時は会場に、これがずらりと並び壮観でした。
その後〜一度も見たことがありません。
[ pada ]
2016/7/3(日) 午前 6:45
> 不あがりさん
森川天もヤフオク、よく入札しておりましたが
遊びていどで無く、本当に欲しい時は競合の無い事を祈ったり
しますよね。
ラッキーな日って、ありますね。
[ 森川天 ]
2016/7/3(日) 午前 7:07
> padaさん
最新の調査結果では、波佐見焼の起源はこの畑ノ原窯より
少し離れた、下稗古場窯だとされます。
その後、1630年代になって三股青磁窯が開かれたようで
江戸初期の青磁製品で、波佐見青磁の代表なもので、鍋島
以上の品質です。
この地区の後期の窯でも今回取り上げた、不あがりさんの
蕎麦猪口と似たような製品も焼かれましたが、特定には
至りません。
[ 森川天 ]
2016/7/3(日) 午前 7:20