|
村の外れのお地蔵さん
▽▽▽▽▽▽
怒涛峠恋詩にお立ち寄りいただきあがとうございます。
人生のわ応援歌です。さとちゃん自身への応援歌でもあります。
聞いて下さい、笑って下さい。歌って下さい。踊って下さい。
▲▲▲▲▲▲
◇◆◇◆◇◆◇◆
今日は、怒涛峠恋詩11・村のはずれのお地蔵さん!!
◇◆◇◆◇◆◇◆
村の入口であり、同時に、出口には、地蔵さんが、よだれかけしてもろて、錫杖持って、「にこにこ」と立っています。新しい道、現在は、旧国道371号になるのですが、交通事故で亡くなった二人の方を何時からか祀っています。
一人は、子どもの為に、一人は、夫のために地蔵さんを建立したのです。今の世になって地蔵さんがそこここに建立されています。それだけ悲惨な交通事故が多いということでしょう。不思議と村のはずれが多いのです。古今東西、峠は、悲喜が籠もります。
「松ちゃん、散歩に行ってきたかい」と、出会うと声をかけてくれます。夫を交通事故でなくしたおばちゃんが、朝夕、毎日、欠かさず地蔵さんへお参りするのです。
「あそこは、二軒だけで祀ってないんやで」「え!そうなん」
交通事故だけではないというのです。
「峠の近くの家のこぶちの手伝いに来てなくなったやろ」とおばちゃんはいいます。「そのあと、台風で流されたやん」「なるほどなあー」
高野街道だったころは、竹藪があって、その中に、池があって、知らん人が死んでたんやとーー」と、「なるほど」
交通事故だけではなしに、今では、地を鎮めるためにも祀っているというのです。夫だけの供養と思っていた私は、恥ずかしかったです。
「ああ、私は、なんなのだ」、「里めぐりしている、ああ!!私は、なんなのだ}と、自省したのでした。、
最近では、ご近所さんも、朝は、お参りしているようです。先日の、節分の豆も供えています。すっかり、里の暦に組み込まれている様です。地蔵信仰が脈々と受け継がれているばかりではなくて新しく地蔵信仰が形成されているのです。地神祭祀にもなっているのでした。
里の暦の祭りは、必ず縁起ものの餅まきをします。季節の、或いは、農の暦の節目には、もちまきがあります。もちまきは、みんなだいすきです。わか家も、冷凍庫には、拾ってきた餅がナイロン袋にいくつも入っています。少しは、ありがたく戴かねば罰が当たりそうです。
★戦後生まれのお地蔵さん
村のはずれの
戦後生まれの
地蔵さん
交通事故にあった
子のために
夫のために
朝夕
お参りしてる
いまでは
すっかり
村の暦になりました
|
どこのお地蔵さんも手作りのお帽子やよだれかけをしていて可愛いよね!地元の方が心を込めて作ってるのね(^^☆
2006/2/10(金) 午前 10:00
地蔵さんとしては、墓の入口にある六地蔵さん、六つの道に生まれ変わることからくるのだけれど、鎌倉時代ごろから、延命地蔵、或いは、身代わり地蔵と、子安地蔵など庶民の最も身近な問題にかかわる仏として、親しまれた仏になりましたね。
2006/2/10(金) 午前 10:37
地蔵さんの話、心にしみいります。 地蔵さんに纏わる話は、その里歴史として、伝え続けたいですね。
2006/2/10(金) 午後 5:26 [ aoitori611 (HPのHN、ykza ]
そうですね。青い鳥さん。私も、そう思います。現実の暮らしですからね。
2006/2/10(金) 午後 7:25