里恋詩くて、熊野・高野・∞

川柳、絵手紙・写真他公募、12月題は『師走』『まちぼうけ』。『からすとんぼ』に掲載。

2007里恋詩

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○上の写真は、山の下刈りするおばちゃん(大阪府河内長野市)2006/10/13撮

◆◇◆◇◆◇
★里のおばちゃんの詩20・山の下刈りするおばちゃん(大阪府河内長野市)
◆◇◆◇◆◇
○さとさんの里巡り・天見谷川を歩く2006/10/13
◆◇◆
 島の谷林道の終点辺りの谷間でであった下刈りの夫婦。道ないでとおじさんが声かけてくれました。ちょうど昼時、谷間の沢水ちょろちょろ流れる平地で昼ごはん中だった。引き戻して十字峠から石見川には原付松号ではいけないことが判明。下刈りのご夫婦にもう一度尋ねようと上っていくと仕事中。
草刈り機のエンジンが鳴り響いています。おじさんは、山の急峻な山肌。おばちゃんは、谷間の沢。


おばちゃん
石見川へ行く道
ないんですか
手は止めてくれたけれど
エンジンは
切らないで
ここからは
道はないよ
一言いうと
手は動きだしました
エンジン音も
うなりはじめて
圧倒されて
戻ったのでした。
二人の弁当箱
二人のお茶
ガソリンが
並んで置かれ
みまもるように
軽トラが
谷の口にありました。
ここは
二人の
仕事場なのです。

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金剛山のこと少しずつ分かってきました。葛木神社があり葛木岳があるんですね!そして大和葛城山、和泉葛城山。修験道の発祥の地かも知れませんね!

2006/9/15(金) 午後 0:32 [ - ]

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ルナルナさん、補足させて下さい。昔の葛城(木)山は、今の金剛山なのです。だから、金剛山に寺も社もあるんですね。奈良時代の東大寺大仏建立の行基さんも葛城山寺で修行したんです。河内長野、狭山の狭山池を構築しました。。

2006/9/15(金) 午後 1:13 sato

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→同時代の役小角(鎌倉時代に修験道の開祖とされた人物・役行者です)も山中で修行したのです。しかも、出自は今の金剛山の麓なのです。故五来説ですけれど修験道という道(宗教教団)になったのは、平安末〜鎌倉時代。熊野三山成立辺り。真言の理源大師(大峰山)それよりも空海高野は200年以前、役小角は更に半世紀前。役小角の時代は修験道にはなっていなかったが修験であった。修験道成立についてその起源を知ることができるのは葛城山(今の金剛山)だというのですね

2006/9/15(金) 午後 1:14 sato

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島の谷からは車道が終わってしまいますね。そこからはダイトレまでいくつもの道が有ります。尾根と谷の数だけ道?があります。南海天見駅から我が家まで歩くのは良い散歩コースです。

2006/9/15(金) 午後 7:28 はっさく

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こんばんわ、はっさくさんにとっては家の庭ですからね。各里各家から尾根(峠)に出る道があったはずですよね。島の谷の里が初めてでしたからね。一つ山を越えたらしらない、今風でした。

2006/9/15(金) 午後 9:40 sato


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