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◇◆◇「里恋詩くて」 ようこそ◇◆◇
◇◆◇和歌山新報毎週木曜日掲載中・・2009/11/19〜〜〜◇◆◇
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里恋写真⇒遍照寺・全景
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里恋詩くて90・熊野詣で・お礼参り
仏の舞の花園
花園の仏の舞は、今から千年の昔(平安末期にさかのぼる)、遍照寺に伝えられ、61年目に奉納されます。仏の舞は女人成仏をあらわす舞で、文殊菩薩が龍王の娘である乙姫を成仏させるため龍宮に渡り、龍王と問答の末、教化の舞(仏の舞)を見せ、乙姫を仏の道に迎えるという舞です。昭和40年4月に県指定無形民俗文化財に指定されています。61年目までは、毎年,仮の面をつけて舞うとのことです。そうでなければ伝承されていかないでしょうね。しかしながら、本番は一生に一度ということであったわけで、そのサイクルはなんに基づくのであろうか。気の遠くなるほどのサイクルなのです。
61年目といえば、人ならば還暦、神宮ならば正遷宮になります。それは、山の民の木の暦に由来するのではないだろうか。親が植えた木は子の代、そして、孫の代で一人前になります。そのような山の暮らしの節目に由来するのではないのか。
そのヒントになるのは、覚鑁(かくばん)上人だと思います。根来寺の開祖、高野から別れ(あるいは、追われ)独自な世界を築かれた僧だが、根来寺だけではなく、高野山麓の里には、覚鑁さんの影響が残されています。一つは、大日如来即阿弥陀如来という高野浄土教です。女人往生につながる乙姫を教化する舞が伝承されていること。他の一つは、五輪塔。五輪塔は、上から空・風・火・水・地輪、それぞれ、頭・首・胸・腹・足に比定されます。これは、五輪即人ということになります。海南の藤白から貴志川沿いの里の48の八町地蔵尊をめぐる高野道があります。その中には、五輪塔を地蔵さんと呼んでいる里もあります。また、井戸に五輪塔を建てたり、水輪部を溝の神さんと呼んでいたりします。それは、五輪即人に由来するのでしょう。
弘法大師ゆかりのマカズ菜での遍照寺への寄り道で学生時代の私に巡りあいました。よみがえるところまでの情熱には乏しいけれど、ここちよい花園の朝風と日の光を浴びてポカポカ陽気、有田川をくだって、ポコポコ、ポコポコと走りました。
奥高野
聖の里に
仏の舞
61年目の舞という
一生に一度の舞になる
だから
毎年、毎年
仮の面つけて
舞うという
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