|
▲▲▲▲▲▲
小草の枯れるまでにお立ち寄りいただきあがとうございます。怒涛峠恋詩から生まれここに独立しました。人生の応援歌です。さとちゃん自身への応援歌でもあります。聞いて下さい、笑って下さい。歌って下さい。踊って下さい
▲▲▲▲▲▲
昔から、嫁にやった娘さんが実家へ足しげく通った様を「行ったり、来たり、小草の枯れるまで」と言っただそうです。それにちなみ命名しました。里の暦を綴りたい。
▲▲▲▲▲▲
◆◇◆◇◆◇◆◇
★今日は、小草の枯れるまで11・里は節分
◆◇◆◇◆◇◆◇
今年は2月3日が節分です。立春の前日のことです。立春を新年と考えれば大晦日あたり、一年の邪気を祓う追儺(ついな)の行事がおこなわれます。里では、「豆まき」です。
師匠(母のこと)「今日は豆まきするんか。」「するよ。」「鰯(いわし)刺すんか」「買って来てくれるか」「ええよ。ヒイラギは?」「取っとくわ」「どこにあるん」「裏の畑にあるがな」(知ってて聞くようにもなりまして・・)「ついでに、かぶる寿司買って来てよ」「わかった!!」
晴れているが風の寒くキッイ日です。菜をつみ、無人直売所にならべて、館で仕事。昼前に、オークワへ松号で買いにでかけました。やはり、節分、普段よりお客さんは多い。巻きずし、どんな寿司でも350円。太巻きを買いました。鰯も三匹のパックを買い家へ届けます。
5時過ぎに帰宅。松ちゃんと散歩。一時間前からコタツにも入らず玄関と水のみ場をうろうろしていたといいます。デジカメを構えるとなれてしまったか近頃上品にします。
「鰯、刺したか」「入口だけにしといた」「裏口は、せんのか」「猫がくるんでやめといた・・」「電気のコードにひっかけただけやん」「とどくかいよ、それでええ、ええ」
「おまえ、散歩ついでに、宮さんへ行ってきてくれるか」「・・・」「三度、蒔くんやで。何粒かつかんで三度まくんやで・・」「上から、宮さん、稲荷さん、寺横の稲荷さん、お寺(極楽寺)、観音さん、それと、溝の神さんや、うちとこは、それぐらいやなー」「何処へ、蒔いてもええんか」「ちゃんと入れるとこ、こしらえてあるって」「溝の神さんもか??」「そこはない、まとめて、蒔いとき。あ、それから、灯明はもうええわ」「急になんなよ」「うちは灯明したんよ」「先口があったらどうするんな」「そ時は灯明せんと帰ってきたよ」「それやったら、ええやろがーー」「ええわ、ええわ」「どない言うて蒔くんな、」「しらん、何時も通りでええんとちがうか」
私の場合は、宮では、柏手、お寺では「南無大師遍照金剛」です。
「去年までは、子(娘)がちゃんとしてくれとったんやで」「そうか、偉いヤツやなー」
「親がたよりないからと言いたいやろなぁー。がん以来、里巡りに出ていてしらぬことで・・・。」と、つぶやきながら松ちゃんと宮に向かいました。
里中のゆるやかな坂道をのぼります。二人とであいました。「行くんか、松ちゃんも・・」とおばちゃん。おばちゃんとこは、交通事故でなくなった旦那を祀る地蔵さんにも参るとか。
「今日は松ちゃん、鳥居にしっこかけたらあかんで。」孫つれたおばあちゃんがやってきます。そして、狛犬をなで回しては自分をなでます。狛犬はつるつるです。灯明もやはり灯っています。また、おばちゃんが一人来ました。そのおばちゃは、来るなり、その子をつかまえると「おばちゃん知ってるか?うちとこ来たことあるの知ってるか??」と聞きます。どういう関係か、私にすらわからないのですから幼子にわかるはずもないきのにと、思いながら巡り始めました。稲荷さん、宮と同じ様に、半紙にくるんであったり、買ってきたらしい袋入りもあり、バラもあり・・・。寺横の稲荷さん、こんこんさんがいてるから稲荷さんと呼んでいるだけですが・・。お寺さんは賽銭箱の上に設えられていました。次いで、観音さん、コンクリートのちっさなお堂の中に安置されています。松ちゃんも興味があったのか、のぞきに来ました。この道は定番の散歩道なのです。最後は、家の横の辻にある溝の神さん。祠もなにもない、まるい石を積み上げています。一番大きいが五輪塔の水輪部で梵字がきざまれています。室町時代ぐらいと思いますが・・。定かなことは何一つわかっていません。才(賽)の神さんともいいます。災いを防いで下さる神さんです。
夕食は鰯と太巻き。終わると、豆を蒔きます。さとさんの役目らしい。障子をあけて、福は内、鬼は外。
(諸説様々なようです。)そして、歳の数だけ豆を食べます。数えたくもない。去年、三度、交通事故にあいましたから、まめまき効果を切に期待したのでした。
※→関連で、松ちゃんの詩もつくります。
|