|
◇◆◇「里恋詩くて」 ようこそ◇◆◇
◇◆◇和歌山新報毎週木曜日掲載中・・2009/11/19〜〜〜◇◆◇
★里恋詩写真→新聞の写真とは異なることがありす。
人物の写真については新聞だけとなりす。その時は
別の写真にさしかえています。ご了承下さい。
里恋写真⇒天狗岳への登山口の案内板・風景・恐竜ランド
・・・・・・・・
◆ 里恋詩くて88・熊野詣で・お礼参り・・・8/15
花園のヒゲさんちへ
飯桐の赤い実の峯手の小径をゆけば、植えられた芝純一さんちにたどり着きます。お手手合わせてゆこうとおもっての寄り道だったのですが、畑から煙あり、息子殿がお盆で戻られているらしい。「ちょっとお邪魔させてもらいますかね。」
故芝純一さんは、花園のヒゲさん、あるいは、ヒゲ仙人と呼ばれていました。白いヒゲをなでながら「ようきた、ようきた」とにこにこ出迎えてくれました。ヒゲさんは、自宅を花園植物園と称して花園の植物を植えていたのです。そのヒゲさんが亡くなられて早いもので七年ほどになるのですが、ヒゲ仙人の面影は、往時程の植物園の風情はないけれど、お姿がよみがえります。何時も「アナタスキ」と書いてくれた絵書き葉もある。「トリカブトはあるのですか」と、尋ねたことがありましたが、実は教えてもらったのですが聞き忘れたことにして書いたことがあります。トリカブトは毒性がつよいので盗まれて飲まれたら大変になると思ったからなのです。この辺りだったかな。紫の花が咲けばわかるけれどな。好きな藪椿の標札も傍らにありましたか。「おはようございます。」
やっぱり息子殿がお盆で戻られていました。お座敷は、懐かしい品々が置かれています。熊の燻製もあり。ヒゲさんに馳走してもらったイノシシのすき焼き風ヒゲ丼。バターで臭みをとるとのことでびっくりしたことを思いだしました。果実酒の数々もいただいたものです。「冬は雪で戻れないこともあるけれど、お盆は訪ねてくれる人もあるので戻っています」と息子殿が、盆供養されておりました。お盆の直後(8/16)でもあり、ヒゲさんから継承された盆行事を息子さんに拝見させていただきました。施餓鬼供養の前に、膳があり、その膳には、「キュウリの馬と茄子の牛」。「これはなんですか。「その意味は」「お馬さんで早く帰ってきて」との思い、牛さんでゆっくりしてからお戻りください」との思いを表しているのだそうです。
庭先には、青々とした竹。その竹の先に松明をくくりつけて、祖先様を迎え火するのです。高火と言います。高ければ高いほど戻りやすいのです。以前、古座川の三尾川(みとがわ)で高火を拝見していたので、高野の花園ももともとは熊野(原初熊野)の世界なのだと思いました。竹を一枝つけて、三枝、三段、階段風にしています。先祖が降りてこられるのでしょうか。三枝、鏡・剣・玉の三種の神器に通じているのかな。「ヒゲさんはもう戻られたのかな」と、、。思い出に酔いながら、ポコポコ、西へ、西へ、遠く見上げたてんこに一軒の家があり、ヒゲさんの一番弟子と自称するてんこ家の中節子歌人を訪ねることにして、上ったり、下ったり、ポコポコ、ポコポコ。
脳梗塞から三年
ポコポコ、ポコポコ
仏の舞の花園
ヒゲ仙人
きたで、きたで
またまた
いのちびろいや
まだ見ぬ
赤い実の
飯桐の小径
見にくるよ
|