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写真→剪定鋸と鋏
■■■「デタラ芽農日記」にようこそ■■■
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■誓いは、週4日農、一日、4時間農
■はじめて植えたタラの木。たら芽のてんぷらが好きだから
それで「デタラ芽農」と命名したんです。
■三年経ったデタラ芽農、ひきつづき、デタラ芽農が続けられますようにと願いつつ
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★デタラ芽農日記177・されど、柿の剪定
2009/1/9
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今日は、雨。農は、お休み。直販直売もお休みで野菜取りもない。
農暦では、えびすさんへお参りして新しい吉兆に取り替える日。
近在のえびすさんにお参りする。慶賀野の里。そこは、高野街道
・京大阪の道にある。慶賀野の婦人会?は、やきもちを売るので
それを買ってくる。その昔は、歩いていましたが今は原付松号と
でかける。近在の里めぐりの定番になっています。
雨であろうと行かねばならない。(→さとちゃんの里めぐり書き込み
よてい)
米作りから減反政策で富有柿作りへ。水田から畑へ。
半世紀ほどになる。学生の頃は師匠は、働きに出てゆき、帰ると柿作り。
市場へ出荷していたこともある。その市場の番号38は今も記憶に
残っている数字です。38番の評判はよかったと本人はいうのだが、、、。
師匠のあとを継ぐはめになってしまった頃には、柿木の下の農、
自足農の成り行きでした。
柿の剪定と、表皮を削る冬の作業ですが、剪定は、専門農家のおいやんに
してもらっていた。だから知らないまま、表皮を削り虫退治もしている
柿ではない。去年は、いとこにきてもらい習ったけれど覚えていない、
覚えようという気がない。私は農で生きてきた覚えはないという
いいわけをしている。
普通、よりよい柿、売れる柿づくりをこころがけるだろうが
かりにそうしたとして専門の柿作りをしたところでメシは喰えないのです。
自足農にしては、柿の木が多すぎる。あまりは無人直売する程度になった。
美味しい柿は作りたいけれどなかなか簡単にはことは運ばない。
すでに、半世紀、柿自体の事情もそれぞれになるのです。
ひとの一生とよくにてもう成長する柿ではない。
なるべく消毒はしない、自然な柿に戻そうとうことにしてきました。
自足農ですから自ら口にする柿づくりのスローガン、ようするに、
柿自体にゆだねたわけです。楽ちんですからね。
一年目は、全体でコンテナー(20キロ)が三つ。
二年目と三年目は二度、三度と消毒。虫退治の薬。売る柿ならば、
月に一回しているらしい。施す薬もちがうし、いろんな薬が施すとか。
大きさ、色つや、ある年は、ウンガなどの虫の吸った回数で市場へ
とってもらえない年もあるとか、
秋、一年一度の収穫、それで、専門農家ならば、一年の生活がはじき
だされることになるわけですよ。
自足農の軸では、到底、くらしは成立しない。
・・・というわけで
半世紀支えてくれた柿さんと共に余生を生きていこうと思うことに
しています。剪定も習わず、わがの都合で剪定しています。
元気がなければそのまま、手の届かない高い枝は切る。下の野菜作りに
邪魔する枝は剪る。陽はまんべんなく当たるように切る。
不作豊作は隔年とか、デタラメ剪定でも春には芽がでて実がつきます。
畑のいのちを愛おしみ共に歩いてゆけたらいいねと柿の剪定しています。
家の前、西、後の三枚にはみかんをはじめ果実を植えて脱柿を
めざしています。
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