里恋詩くて、熊野・高野・∞

川柳、絵手紙・写真他公募、12月題は『師走』『まちぼうけ』。『からすとんぼ』に掲載。

2006講座記

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○施無畏寺○栖原海岸
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○かきこみは「みちしるべでごあいさつ」にて数日〜1週間滞在して各書庫に移動します。
○さとちゃんの日々の動向は、月刊『からすとんぼ』道中記に修正で書き込みしています。
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★講座回想記1・桜1
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 昨日(4/19)、本州最南端の潮岬のソメイヨシノの桜の開花宣言がWテレビで流れました。例年よりも一週間以上早いとか。
 熊野学舎創立以来、発展講座として、三月の第4週の日曜日は、桜百選の一つ、古座川の七川桜(佐田の桜)を歩くことにしてきました。湖畔に3000本が咲きます。三年続きました。一泊二日の講座ですから七川桜だけではありません。参考にあげておきます。
○一枚岩、嶽山の桜、西川の丸山神社の桜、船原の山桜・・・古座川
○重畳山の桜、潮岬の桜公園の桜、大島の桜(緑色)・・・・串本

また、発展講座として、奥熊野講座、北山村を歩く(去年4月第2週実施)
○国道169号線沿いの桜、下北山村(奈良県)の桜、北山村の桜、奥とろ温泉郷の桜
 
 熊野学舎の基本講座は、各月の第一日曜日と決めています。従って、4月の基本講座の主要テーマに「桜と歩く」が入ります。桃の花が一度入っています。和歌山から選ばれた桜百選は三カ所です。三つとも歩いたことになります。発展で七川の桜、基本で、紀三井寺の桜、根来寺の桜です。
4月講座を古い順にとりあげます。

○桜百選、根来寺の桜と僧兵鍋。・・・岩出町
○桃源郷を歩く・・・桃山町
○栖原海岸と施無畏寺の桜を歩く・・湯浅町
三年前は、栖原(すはら)海岸、施無畏(せむい)寺の桜でした。
海をながめながら施無畏寺、桜参道、しかも、万葉の道です。明恵上人の修行した島や行場の足跡を歩いたのです。蕗、わらび、ごんばちの山菜を摘むおばちゃん達にもであいました。みんなで歌を歌った記憶がよみがえります。海をながめて桜の木の下でお弁当はなかなかなものでした。
 帰りには、湯浅町の名物、湯浅醤油を見学、大阪屋ののれんがかかる金山寺味噌を見学したのでした。
(続く)

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★講座記・・当麻寺を歩く5<奈良県葛城市>
□熊野学舎・3月基本講座3/5(日)
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◆基本講座・第57回(毎月第一日曜日)
◎当麻寺を歩く1<奈良県葛城市>
★日時・・3/5(日)
★内容・・ ●当麻寺散策●塔頭・宗胤院にて昼食 12時ごろ〜
●住職 宮下寛昇氏のお話し・書家として、2001年イタリアサンピエトロ寺院で個展・ローマ法王に謁見●お庭観覧 椿など
★集合・・近鉄当麻寺駅・10時
★解散・・同駅16時
★昼食・・大和茶粥点心(抹茶・和菓子つき)2700円
★〆切・1/24・昼食予約が必要ですのでよろしくお願いします。
★基本講座は雨天決行です。
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 待ちに待った昼食、大和茶粥点心(抹茶・和菓子つき)です。箸袋には、書家らしく一筆あり、私の箸は、「和」でした。
 お酒が呑めないとのこと。それが楽しみな人には辛いことだろう。たまには、賢く味わうのもよいことだよと慰める。
 本堂にて宮下法話を拝聴し、「0」になる、「無」になる、ありがたい話だったけれど、うわの空ごとだった様です。ただ、おいとまするころには、心身共に、癒された気がしました。
 呑めなかった人のために、参道の帰り道、コーヒータイムへ。酒、ビールもある喫茶店に入ったのです。
 昼食時できなかった、来月の講座の最終決定しました。
午後四時前、予約の中将餅もうけとり、当麻寺駅にて散会。来月の再会をめざし帰途についたのでした。


 

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○上の写真→石仏と高野箒○下の写真→有楽椿
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★講座記・・当麻寺を歩く4<奈良県葛城市>
□熊野学舎・3月基本講座3/5(日)
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◆基本講座・第57回(毎月第一日曜日)
◎当麻寺を歩く1<奈良県葛城市>
★日時・・3/5(日)
★内容・・ ●当麻寺散策●塔頭・宗胤院にて昼食 12時ごろ〜
●住職 宮下寛昇氏のお話し・書家として、2001年イタリアサンピエトロ寺院で個展・ローマ法王に謁見●お庭観覧 椿など
★集合・・近鉄当麻寺駅・10時
★解散・・同駅16時
★昼食・・大和茶粥点心(抹茶・和菓子つき)2700円
★〆切・1/24・昼食予約が必要ですのでよろしくお願いします。
★基本講座は雨天決行です。
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12時からは、浄土宗、宗胤院にて昼食です。いただくのは、大和茶粥点心(抹茶・和菓子つき)2700円です。住職でもあり、書道家の宮下先生が出迎えて下さいました。茶粥次第のことでもあり、先に、庭園を観賞することになりました。それで、門にて講座写真を撮らせていただきました。そして、吉野の割り箸奥様と一緒に、里恋箸を見ていただいたのです。「里恋箸を書いてあげましょう」とお言葉をいただいたのです。花木の名前など聞いたのですけれど、メモもしていませんので写真はたくさん撮りましたけれど僅か一日でほとんどが消えてしまっています。こころもとないかぎりです。多くの寺では拝観料をとるのですけれどここはお気持ちだけとのことでした。
 まけおしみではないですけれど一日経っても忘れられない花木もあるのです。それが現実の私のご縁の花木だろうと想うのです。石仏の傍らに高野箒、軒に、ピンクの有楽椿。檜皮の板塀にサンショウーの木、不老不死の天台烏薬などなど。ピンクの藤棚、牡丹の時にまた来ようかと想いました。

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○上の写真→東大門○下の写真・曼陀羅堂(本堂)
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★講座記・・当麻寺を歩く3<奈良県葛城市>
□熊野学舎・3月基本講座3/5(日)
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◆基本講座・第57回(毎月第一日曜日)
◎当麻寺を歩く1<奈良県葛城市>
★日時・・3/5(日)
★内容・・ ●当麻寺散策●塔頭・宗胤院にて昼食 12時ごろ〜
●住職 宮下寛昇氏のお話し・書家として、2001年イタリアサンピエトロ寺院で個展・ローマ法王に謁見●お庭観覧 椿など
★集合・・近鉄当麻寺駅・10時
★解散・・同駅16時
★昼食・・大和茶粥点心(抹茶・和菓子つき)2700円
★〆切・1/24・昼食予約が必要ですのでよろしくお願いします。
★基本講座は雨天決行です。
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 本堂参拝して、12時まで思い思いに40分ばかり散策することしたのです。私は、曼陀羅堂を拝観することにしました。二上山の麓にて当麻寺をあれこれと想い馳せることにしたのです。
その二上山の麓に当麻寺があります。当麻寺は、時代の隆盛を巧みに取り込んで今日に至っている寺だと想います。
 まず、驚いたのは、普通、南大門から境内に入るのであるが、今は、東大門が正面になっており、東大門から境内に入ります。それは、中将姫が蓮で織ったという曼陀羅堂が本堂になっているためなのです。それだけ、中将姫の当麻曼陀羅が示すように曼陀羅信仰が盛んになったからだといいます。それは、鎌倉時代。二上山に太陽が沈む自然背景に、西方浄土、阿弥陀信仰が結びついた所以だと想います。
 それに、重要な役割を果たしたのが中将姫でした。右大臣藤原豊成の娘。幼くして実母と死に別れ、継母の辛い仕打ちに苦しみます。娘は、継母を恨まず都を離れ、やがて、当麻寺での出家(16才)を願います。しかし、当時は、女人禁制入山が認められません。中の坊実雅法印のもとで剃髪出家し法如という尼さんになったのです。女性の往生を説いたのです。
 もともと、当麻寺は、南都六宗の一つ、三論宗でした。のちに、弘法大師の真言密教の影響で真言宗に改宗しています。現在、中の坊。
 そのようなことで、現在、当麻寺は、真言宗と浄土宗の二宗を奉じています。珍しい現象です。
 さらには、金剛葛城のこの地は、修験道の開祖とされる役小角(行者)の修行した地でもあります。役小角(行者)は、当麻寺の本尊の弥勒菩薩像の胎内に孔雀明王を納めたとされています。

※午後からは宗胤院にて昼食、庭園観賞、法話と続きます。・・今夜、或いは、明日にでも続けさせていただきます。

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○上の写真→二上山(向かって右、雄岳、左、雌岳)○下の写真・當麻のけはや塚(五輪塔)
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◆基本講座・第57回(毎月第一日曜日)
◎当麻寺を歩く2<奈良県葛城市>
★日時・・3/5(日)
★内容・・ ●当麻寺散策●塔頭・宗胤院にて昼食 12時ごろ〜
●住職 宮下寛昇氏のお話し・書家として、2001年イタリアサンピエトロ寺院で個展・ローマ法王に謁見●お庭観覧 椿など
★集合・・近鉄当麻寺駅・10時
★解散・・同駅16時
★昼食・・大和茶粥点心(抹茶・和菓子つき)2700円
★〆切・1/24・昼食予約が必要ですのでよろしくお願いします。
★基本講座は雨天決行です。
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当麻参詣道の行く手の空にはっきりと二上山が見えます。その麓をめざして歩きます。実にまちがいようのない真っ直ぐな道です。
東の三輪山から太陽が昇り、西、二上山(雄岳、雌だけの二つの頂を持つ)に沈みます。雄岳は517メートル、雌岳は474メートル。
北の信貴山系と南の金剛葛城系をつなぐ位置にあります。また、河内と大和を結ぶ交通の要所でもあります。また、二上山からはサヌカイトが産出し、縄文時代鏃(やじり)槍、斧に加工されました。また、雄岳の頂上には、大津皇子の墓があります。大津皇子は、天武天皇の第三皇子。謀反の罪をきせられて24才で死罪。皇子の死を悲しんだ大伯皇女の歌
うつそみの人なる我や明日よりは二上山を弟世と我が見む
が万葉集に詠まれています。葛城二十八宿行28の行場、友が島から二上山へと縦走するのです。

途中、相撲館に立ち寄りました。その傍らに當麻のけはや塚(五輪塔)があります。相撲の始祖とされています。日本書紀、垂仁天皇の時代、當麻のけはやと出雲ののみのすくねと力比べをさせます。けはやは肋骨を蹴り折られて死にました。のみのすくねは領地をもらい、けはやの墓が當麻に建てられたというのです。相撲館は、けはやにちなんで建てられたのです。今週末から大相撲大阪場所です。帰りの電車では力士と出会いました。


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