里恋詩くて、熊野・高野・∞

川柳、絵手紙・写真他公募、12月題は『師走』『まちぼうけ』。『からすとんぼ』に掲載。

2006里恋詩

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写真・山の神(西の行堂)祭
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小草の枯れるまでにお立ち寄りいただきあがとうございます。
怒涛峠恋詩から生まれここに独立しました。
人生のわ応援歌です。さとちゃん自身への応援歌でもあります。
聞いて下さい、笑って下さい。歌って下さい。踊って下さい
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★今日は、正月の山の神祭
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正月2日、事始めの日。昔は、山の神さんにお参りをしていました。おじいちゃんに連れられて行ったのがはじめてでした。

その後、おまえひとりで行ってきてくれやんか!!一度ですけれど行きました。

歳月が流れ、里は農業専業は少なくなり、また、山仕事で暮らす家もなくなり、サラリーマン生活での兼業となっていきます。わが家も水田を畑にしました。おじいちゃん(父は死亡していますで)は英断!!私では水田は無理と読んだのです。田に水を引く「ばんど」がまわってくるのですが一日休まなければなりません。共同ですから断ることはできません。それ一つとっても世間様に迷惑がかかると判断したのです。それだけではありませんけれど。

世は車優先で溝は蓋をされて車道に変わりました。牛道も耕耘機道へ。機械化農へ。水口(みなくち)祭はなくなったです。水口祭の幣串にする茅を取りに行く必要もなくなりました。

山の神さんは、葛城修験では行場で、西の行者堂といいます。西覗きとも呼ばれています。水口へと流れる水源のお山なのです。岩山で昔は茅山だったのです。そこも現在では植林されて一変しています。

おじいちゃんの体験、里の最後になるのですけれど、日照りが続き、ため池の水もなくなり、愛宕山での雲やぶりも効かない、里の宮さんで雨乞い。最後の手段、山の神さんの祠、これは開けてはならないとされています。その中の一物を背負い駈け下るのが最終の雨乞いだったといいます。里へ着くまでにそりゃそりゃ降った降ったとよく聞かされました。

山の神さんが水を運んでくれるという信仰です。非科学でもなんでもないでしょ。山から水をいただけるのですからね。そこにはえている茅で屋根をふいたのです。蔵の二階の床は土でかためていて茅が置かれています。毎年茅を刈り蓄えていたのです。勿論製材した板もあります。里には土取り場も数カ所ありました。いずれ改めて!!

昔、何々調査と称して開けたらしい。手もあわさず、祈りもしなかったのでしょうね。一ヶ月しゃべれなくなったと聞きました。同行した私も一週間ばかりしゃべりにくく舌がまわらなかたことを覚えています。最近になって、やはり、あれは、罰あてられたのかと思うようになってます。

葛城金剛縦走の人たち、西の行者堂と里のかかわり、お役にたてて歩いていただきたいと思います。


金剛山登山のコースでもあります。山の神さんまで、さとちゃんの足では、昔は小一時間今ではたっぷり二時間かかります。

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元旦を迎えて、上から→祝い膳・・お供えもの・・宮さんのお供えもの・
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小草の枯れるまでにお立ち寄りいただきあがとうございます。
怒涛峠恋詩から生まれここに独立しました。
人生のわ応援歌です。さとちゃん自身への応援歌でもあります。
聞いて下さい、笑って下さい。歌って下さい。踊って下さい
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★今日は、母の注連飾り2
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お宮から聖なる火をたばって竃に火をおこし、雑煮をたき、祝い膳をまわして拝する。それは昔、土間とかまど文化の時のこと。今は火をたばってきてもガス栓をひねれば自動点火、祝い膳も里帰りしていなかったり、一家勢揃いして朝食などなかなかにむつかしい。

おい、こんぶどうしたーー。もうなおしたよ。
橙は、買わなかったよ。
財布はといいそうになったがやめたーー。

餅も臼と杵でぺったんぺったんとなん臼もついたころとはぢがう。鏡餅など作らない。

村に玄関があらわれた頃
おまえとこ、どこから入ったらええんなーと
たしかに土間、表から裏まで土足で通りぬけれたのであった。

今や土足のまま通り抜けることはできるいえなどない。

サラリーマン暦になってわすが三代四代、1世紀程度、暦もないに等しい。これから暦を作りあげていかなければならない。農は3000年の暦、縄文の暦は10000年の暦。それらとくらべるべきではないだろう。

このお供えを立派にすると宮さんのお供えになる。ちがう点は、茅を小さく柴風に束ねてあった。これはこの里が紀州屋根屋さんの里だからではないかと想う。

家をでてすぐ溝の神さん、灯明がともされていた。注連飾りと供物。供物はそなえてすぐに持ち帰るのでないけれど。宮までのほこらさんには同様な注連飾りとお供えがされている。それは溝でつながっている。

宮ではたき火されて頭屋(一年神主をする)さん、三日間。宮に籠もる。宮川で潔斎水ごりして!!

さむかったやろーー。
おやじさんはせんのか
三度したからもうええてーー
たいへんやなーー。

2日、山の神にお参りする。宮川の水源の山である。葛城修験では西の行者として知られている。行場でもある。そこへ、鎌と供物を持ってでかけ、茅山(今はない)にて、茅二本刈り、持ちかり、水田の水口(みなくち)祭を後日します。その時の幣串にするのです。その時も供物を捧げます。

山の神〜宮川・禊ぎ川・葛城神社〜溝の神さん〜田の神さん〜家の神さん
水の流れのままよ!!

実に科学的、実働的、リアルである。非科学とはえない。いのちとくらしそのものである。神さんの名はほとんど知らない。時には合祀されたし、時には、名を変えたりしているためであるかな。

〆飾りして俗から聖へと、人は移動し、やがて、注連飾りをどんど(祭)するまで、神さんと饗応しているということではないか。それが伝統文化だと想う。非科学というよりも、むしろ、いのちとくらしの宗教でよいのではないかと想います。

★さとちゃん、今
日はジャージではないかえ。
ジャージのまんまよ。
俗も聖も演じるのは
自分なのだから・・・。

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母の注連飾り・お供え
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小草の枯れるまでにお立ち寄りいただきあがとうございます。
怒涛峠恋詩から生まれここに独立しました。
人生のわ応援歌です。さとちゃん自身への応援歌でもあります。
聞いて下さい、笑って下さい。歌って下さい。踊って下さい
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★今日は、母の注連飾り
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大晦日、注連縄に前日、お山から撮ってきたシダ(うらじろ)を2枚かさねて、樫の小枝を刺す。

あれ、一つかーー。
一つにした
なんでな
二つやったやろ
昔は
一、五、三やから
三つやったんやで

倹約してしもた

わからぬでもない。15の注連飾りのシダは2枚1組みとして30枚、2組だと60まい必要になる。同じ大きさで揃えなければならないで今年は一組だけにしたとこと。

正月のお供えは
栗の箸二組
これ、かや(榧)の美やんか
どないしたん
毎年、××さんに貰うんよ
どこに榧あるんやろか
宮さんの裏山にあるやんか
そんなこともしらなんだんか

かやの実をお供したんやなー。

餅も二段がさね

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小草の枯れるまでにお立ち寄りいただきあがとうございます。
怒涛峠恋詩から生まれここに独立しました。
人生のわ応援歌です。さとちゃん自身への応援歌でもあります。
聞いて下さい、笑って下さい。歌って下さい。踊って下さい
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★今日は、母の注連縄
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めずらしい年の瀬間近の寒波、新原付松号と大事をとって館(仕事場)と家の往復にとどめています。
四度目事故はごめんだからね。冬至も館詰め。

晴れ間の野菜摘みして館前で無人直売。館にしかPCはない。ないというよりも家に置かない。私は何事にもそうなのですけれど、いたって、けじめないひとだから、「ないこと」が幸いなです。
それを知っていてそのように、つまり、「ないことに」できるから、少しは、大人になったかなと、想います。

りりんりん、というわけはなく、電話。今日は注連縄つくるで!!私のでたら芽農の師匠、母である。するんか、するよ、

帰ると母はないはじめる。
トントンとせんか、してあるがな、
それもわからんか

むかむかむか

三本と三本であんでいくんや。
このあたりで一本いれるんや。
まんなかぐらいて五本いれるんや、
このへんで三本いれるんや

ほれ、
でけた。

あほ!
あほ!いうな。大事な子ちゃうんか

水でせんか
唾つけて編んでどうするん
罰あたり

(くそー、いくつやとおもっているねん)
ここらあたりでと・・

スイスイと
母の注連縄ができてゆきます。
鼻水たれてるで
やかまし・・・

またたくまに
十五本
どこへ飾るん

神さん、仏さん、諸々神さんはみんなで一つ、

井戸、台所(昔、かまど)、トイレ、車二(原付松号もです)、玄関、裏、
畑、溝の神さん、墓、森の神さん

もう一ヶ所は、仕事場(まだ内職する気らしい。動力ミシン)

わしのどうしょう
この三本
あかん、没。
あ、そう。
神さんに
唾は没。
先にゆえ。
そんなこともしらんのか

というような次第で
正月の注連縄は
母の注連縄。

注・・連縄に飾りつけるまで床の間に置いております。
(そんなこともしらんか)
それでよろしいではないですか。
どちらさまも年の瀬と小さくそろりそろりと参りましょう。

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↑↑花とカエル・(写真・和歌山県橋本市M氏・からすとんぼ掲載予定)
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怒涛峠恋詩にお立ち寄りいただきあがとうございます。
人生のわ応援歌です。さとちゃん自身への応援歌でもあります。
聞いて下さい、笑って下さい。歌って下さい。踊って下さい。
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今日は、花とカエル
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里のおばあちゃんの詩を作っていたらFAXが飛び込んできました。みんな事故を心配してくれていてありがたいです。今年こんなことがあってよ。

なんない。
ええ話は聞きたいよ。
ころは六月、梅雨のころ、
なにげなく雨にうたれる真白きカラーの花をみたんよ。

カラーの花心にちいちゃなカエルがいてたんで
デジカメで撮ったんよ
それを媒新聞社に投稿したら入選してよ〜
これよ、携帯待ち受けというのかな、

よかったら送ってくれや。
載せたいよ。
よしゃ
記事はFAXで送るわ。

のんびりしているつもりだが・・・
彼はこういうチャンスと何故であえたのかと考えた。

一つは全くの偶然ではないということ。
彼は家の裏に工場を持ち朝から晩まで働いている。
家と工場を行ったり、来たり、小草の枯れるまで、なのだった。
カラーの花の鉢をみるべくしてみたのであってたんなる偶然ではないことが判明したのだ。
雨の日も風の日も通るぴかぴかの道だったのである。
そのような日々ありてこそシャッターチャンスが偶然であるかのように訪れるのであろう。
きっとそうだろう。

私も同じ頃、柿の葉の雨蛙を撮ったことがある。
カエルちゃんは、葉の真ん中に枝の元に向かってじっとしている。葉先に向いていない。そして気付いたことがある。葉の真ん中はくぼんでいて雨水を吸いやすいということである。葉先向きだと水は吸えない。また、風にも弱くなる。カエルちゃんは考える(カエル)なのである。

この二匹のカエルちゃんは行ったり、来たりするのが怖かったではないだろうか。
それとも、行ったり 来たりしてくれるから安心して恋仲なのか。
行ったり、来たりしなくなれば道はきえるであろうし、真白き花も咲かないだろうし、そこに雨宿るカエルもまた存在しないだろう。

とすれば彼は
必然のシャッターチャンスを作り上げたことになる。
行ったり、来たり、小草の枯れるまで、日々の難渋であろうとも、いやいやであろうとも、腹がたとうとも、行ったり、来たり、小草の枯れるまで、歩いていればこそなであろうと。

行ったり来たりすることは大事でということを説明するにはなかなか骨が折れることだよね。

のんびりがくたびれた夜になってしまいました。

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