|
▲▲▲▲▲▲
▽▽▽▽▽▽
小草の枯れるまでにお立ち寄りいただきあがとうございます。
怒涛峠恋詩から生まれここに独立しました。
人生のわ応援歌です。さとちゃん自身への応援歌でもあります。
聞いて下さい、笑って下さい。歌って下さい。踊って下さい
▲▲▲▲▲▲
▽▽▽▽▽▽
★今日はいのししと怒涛
▲▲▲▲▲▲
携帯がひさしぶりに鳴いた。講座以外滅多に持たないのに不思議なこと。風邪ひきこんで早退。
九州は宮崎、西都市の眼鏡(しろみ)神楽、今時分は何番だろうか。
三十三番、夕刻にはじまり翌正午。夜通し舞う。拝見にでかけたは二年前のこと。生け贄のいのししの首が7つ供えられ、その前で舞う。
神楽がすんだ翌日は、その川原にて串にさし(もともと心臓とか)共に食べるのです。
イノシシに夜を徹して舞い、喰らう、いのちの賛歌よ。
熊野の源郷を見た想いがした。熊野からですといえばもともと熊野と関係あると聞いていますとのことでした。
9月ごろ山の向こうのたんぼはほとんどイノシシにやられたとわいわい怒涛
ついに里中へ、とうとうその日がやってきた。
乳母車を押す母が血相をかえて
とうとう来た、
何が
イノシシよ
ほいでどうよ
水菜植えたとこひっくりかえされた
しゅるいとこかきまわしてある
いっぺん見てきてみ
畑中あらしてあるわ
くちぐせ
もうやめろら買ったほうがええやん
どこからはいったんかな
さあさあわいわい
その日からイノシシとの戦い
里巡りでへえーと気楽に聞いていたが
まさか里中へなー
ある里では鳥かごように四方八方網がほどこされその中で作物を作っていた。
まるで檻の中の畑やなーと。そうやよー。
我が身にふりかからねばなかなかわからないね
里に猟師がいなくなった。聞けば近く里山が開発されて新興住宅地になったためという。
もしもまちがえて撃ったら大変やからという理由である。隣のおいやんがきて、わしともやられた、せっしょなこと、(稲)こんなことなら鉄砲返上するんやなかったとくやむ。足跡しらべたら山の神の辺りから数頭降りてきたと。
針金と杭を購入してはりめぐらせた。
数日たってまたやられたと
何か食べられたか
サツマイモは食べてない
そやったらなにもないわな
ふ〜ん
数日あけてまたやってくる
トタンを買いもとめて、一部はりめぐらした。トタン一枚いくらしたと想う
ほんまに
もう大丈夫と想っていたら
またはいった
何かとられたか
なにもない
へんなイノシシや
小川におちとる栗とミミズだけとちがうんか
いやそのうち芋もたべられると
芋掘り、
ええ芋はいっとった
やっと笑ってた
怒涛の2週間であった。
イノシシはちょっとした隙間も見逃さない。
かくして包囲完了、その後来なくなった
猟期の今はイノシシはどうしのいでいるのだろうか。
|