里恋詩くて、熊野・高野・∞

川柳、絵手紙・写真他公募、12月題は『師走』『まちぼうけ』。『からすとんぼ』に掲載。

里恋詩くて

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◇◆◇「里恋詩くて」    ようこそ◇◆◇

◇◆◇和歌山新報毎週木曜日掲載中・・2009/11/19〜〜〜◇◆◇

★里恋詩写真→新聞の写真とは異なることがありす。
人物の写真については新聞だけとなりす。その時は
別の写真にさしかえています。ご了承下さい。

里恋写真⇒有田川・あらぎ島

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■里恋詩くて91・熊野詣で・お礼参り
有田川・あらぎ島

清水温泉の赤玉食堂のわさび寿司、鯖をワサビ葉でくるんだ寿司、うまい、うまい、帰りに食べようと、ポコポコと流れて、有田川。日本の棚田百選にも選ばれているあらぎ島の棚田の観光スポットに寄り道。眺めて飽きない時間が愛しい。そういえば、赤玉で聞いたことですが、祝・悠仁親王殿下1歳お誕生日、キャンドルライトイルミネーションinあらぎ島のポスターをみせてもらったことがありました。2007年9月 6日1700本の竹燈籠にろうそくを点灯しお祝されたとか。みたかったよと、ポコポコ、金屋。直売所で知り合ったおばちゃんが「食べてみるかい」と、鯖をバショウの葉でくるんだ寿司、うまかったな、おばちゃん、元気かな、と、ポコポコ。明恵上人の金屋の里をポコポコ。修理川から白馬トンネルを抜けて、日高川、美山。里めぐりの中継点にあたるので愛徳荘に泊まったり、昼食したりしたのですが、まだ、お昼には早いので先を急いで龍神。水上トンネルは、長いので、前の信号で止まり、後ろの車を先に走らせてから長いトンネルに入り一目散、車の音は騒音ですから、対向の車のライトも眩くて、トンネルを抜けると、やれやれ、ポコポコと、中辺路、栗栖川。国道311号に出て、熊野古道、五体王子の一つ、滝尻王子の森の前の国道371号へ、わが紀見峠の里を通る道、そして、古座川一枚岩の前を通る道、紀伊半島縦断の道から、岩船川沿いに命乞いしたカク地蔵の森に向かったのでした。

サバも
めぐりめぐりて
山里にくれば
いろいろな
寿司になる
柿の葉寿司
わさび寿司
バショウ寿司
有田川

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◇◆◇「里恋詩くて」    ようこそ◇◆◇

◇◆◇和歌山新報毎週木曜日掲載中・・2009/11/19〜〜〜◇◆◇

★里恋詩写真→新聞の写真とは異なることがありす。
人物の写真については新聞だけとなりす。その時は
別の写真にさしかえています。ご了承下さい。

里恋写真⇒遍照寺・全景

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里恋詩くて90・熊野詣で・お礼参り
仏の舞の花園

 花園の仏の舞は、今から千年の昔(平安末期にさかのぼる)、遍照寺に伝えられ、61年目に奉納されます。仏の舞は女人成仏をあらわす舞で、文殊菩薩が龍王の娘である乙姫を成仏させるため龍宮に渡り、龍王と問答の末、教化の舞(仏の舞)を見せ、乙姫を仏の道に迎えるという舞です。昭和40年4月に県指定無形民俗文化財に指定されています。61年目までは、毎年,仮の面をつけて舞うとのことです。そうでなければ伝承されていかないでしょうね。しかしながら、本番は一生に一度ということであったわけで、そのサイクルはなんに基づくのであろうか。気の遠くなるほどのサイクルなのです。
 61年目といえば、人ならば還暦、神宮ならば正遷宮になります。それは、山の民の木の暦に由来するのではないだろうか。親が植えた木は子の代、そして、孫の代で一人前になります。そのような山の暮らしの節目に由来するのではないのか。
 そのヒントになるのは、覚鑁(かくばん)上人だと思います。根来寺の開祖、高野から別れ(あるいは、追われ)独自な世界を築かれた僧だが、根来寺だけではなく、高野山麓の里には、覚鑁さんの影響が残されています。一つは、大日如来即阿弥陀如来という高野浄土教です。女人往生につながる乙姫を教化する舞が伝承されていること。他の一つは、五輪塔。五輪塔は、上から空・風・火・水・地輪、それぞれ、頭・首・胸・腹・足に比定されます。これは、五輪即人ということになります。海南の藤白から貴志川沿いの里の48の八町地蔵尊をめぐる高野道があります。その中には、五輪塔を地蔵さんと呼んでいる里もあります。また、井戸に五輪塔を建てたり、水輪部を溝の神さんと呼んでいたりします。それは、五輪即人に由来するのでしょう。
弘法大師ゆかりのマカズ菜での遍照寺への寄り道で学生時代の私に巡りあいました。よみがえるところまでの情熱には乏しいけれど、ここちよい花園の朝風と日の光を浴びてポカポカ陽気、有田川をくだって、ポコポコ、ポコポコと走りました。

奥高野
聖の里に
仏の舞
61年目の舞という
一生に一度の舞になる
だから
毎年、毎年
仮の面つけて
舞うという

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◇◆◇「里恋詩くて」    ようこそ◇◆◇

◇◆◇和歌山新報毎週木曜日掲載中・・2009/11/19〜〜〜◇◆◇

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里恋写真⇒タマアジサイ・マカズナ

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◆ 里恋詩くて89・熊野詣で・お礼参り

てんこの家の中歌人ちへ

 ようやく明るくなってきた朝の風景、歌人、中節子さんのてんこの家が見えています。てんこの家を仰ぎみながら山膚を丁寧に巻きながら登ってゆくと、庭から、中さんの声、「あれ、おはようさん、里めぐりで来てくれたんかい。」と、びっくりした様子で出迎えてくれました。私は、庭先まで原付松号で行き、「ちょっと花園のヒゲさんちに寄り道させてもらいここに来ました。」中さんは、 花園のヒゲさんの一番弟子というだけあって珍しい植物がてんこの家を取り囲んでいます。
 「今、旬の花はどれですか」というと玉アジサイとのこと。玉アジサイ群生のとこへ足を踏み入れると、ヒキガエル(カエルで屋敷に棲んでいる)くんが飛んで出てきました。「なにするねん。さわがしいぞ。ワシの敷地や」とでもいうように飛んだのでした。タマアジサイの蕾から徐々に開花していく有様をみせてもらいました。
「奥高野の花園にしかない花はありますか。」と、尋ねると、「マカズ菜があるよ」といいながら「はっきりとは知らない。」という。 なんでも、「花園の里が飢饉などで困ったときにたべよ」と弘法大師様が蒔かれたとか。里の人は、蒔いたことはない菜とか。花園のお寺、遍照寺のお山をマカズナ山ともいうらしい。どんな菜なのかな。後日、マカズナの花の写真を中さんに送ってもらうことにして、コーヒーでも云ってくださったのですが、「熊野詣なので」とていねいにおことわりさせていただいて、さらに、寄り道、遍照寺へ。庭には、菊によく似た花が一面に咲いていました。「マカズナかな」と思いながら写真を数枚撮りました。お参りのおじさんに聞いても知りませんでした。住職も不在で聞けずした。
 後日、中歌人からマカズナの写真が送られてきました。なんと、なんと、なんの根拠もなく撮った花でした。

仏の舞の
花園の里に
ありがたや
弘法伝承の
マカズナ
あっけらかんと
燦々と
真黄色く
咲いていた

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◇◆◇「里恋詩くて」    ようこそ◇◆◇

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里恋写真⇒天狗岳への登山口の案内板・風景・恐竜ランド

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◆ 里恋詩くて88・熊野詣で・お礼参り・・・8/15

花園のヒゲさんちへ

飯桐の赤い実の峯手の小径をゆけば、植えられた芝純一さんちにたどり着きます。お手手合わせてゆこうとおもっての寄り道だったのですが、畑から煙あり、息子殿がお盆で戻られているらしい。「ちょっとお邪魔させてもらいますかね。」
故芝純一さんは、花園のヒゲさん、あるいは、ヒゲ仙人と呼ばれていました。白いヒゲをなでながら「ようきた、ようきた」とにこにこ出迎えてくれました。ヒゲさんは、自宅を花園植物園と称して花園の植物を植えていたのです。そのヒゲさんが亡くなられて早いもので七年ほどになるのですが、ヒゲ仙人の面影は、往時程の植物園の風情はないけれど、お姿がよみがえります。何時も「アナタスキ」と書いてくれた絵書き葉もある。「トリカブトはあるのですか」と、尋ねたことがありましたが、実は教えてもらったのですが聞き忘れたことにして書いたことがあります。トリカブトは毒性がつよいので盗まれて飲まれたら大変になると思ったからなのです。この辺りだったかな。紫の花が咲けばわかるけれどな。好きな藪椿の標札も傍らにありましたか。「おはようございます。」
 やっぱり息子殿がお盆で戻られていました。お座敷は、懐かしい品々が置かれています。熊の燻製もあり。ヒゲさんに馳走してもらったイノシシのすき焼き風ヒゲ丼。バターで臭みをとるとのことでびっくりしたことを思いだしました。果実酒の数々もいただいたものです。「冬は雪で戻れないこともあるけれど、お盆は訪ねてくれる人もあるので戻っています」と息子殿が、盆供養されておりました。お盆の直後(8/16)でもあり、ヒゲさんから継承された盆行事を息子さんに拝見させていただきました。施餓鬼供養の前に、膳があり、その膳には、「キュウリの馬と茄子の牛」。「これはなんですか。「その意味は」「お馬さんで早く帰ってきて」との思い、牛さんでゆっくりしてからお戻りください」との思いを表しているのだそうです。
 庭先には、青々とした竹。その竹の先に松明をくくりつけて、祖先様を迎え火するのです。高火と言います。高ければ高いほど戻りやすいのです。以前、古座川の三尾川(みとがわ)で高火を拝見していたので、高野の花園ももともとは熊野(原初熊野)の世界なのだと思いました。竹を一枝つけて、三枝、三段、階段風にしています。先祖が降りてこられるのでしょうか。三枝、鏡・剣・玉の三種の神器に通じているのかな。「ヒゲさんはもう戻られたのかな」と、、。思い出に酔いながら、ポコポコ、西へ、西へ、遠く見上げたてんこに一軒の家があり、ヒゲさんの一番弟子と自称するてんこ家の中節子歌人を訪ねることにして、上ったり、下ったり、ポコポコ、ポコポコ。
 
脳梗塞から三年
ポコポコ、ポコポコ
仏の舞の花園
ヒゲ仙人
きたで、きたで
またまた
いのちびろいや
まだ見ぬ
赤い実の
飯桐の小径
見にくるよ

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◇◆◇「里恋詩くて」    ようこそ◇◆◇

◇◆◇和歌山新報毎週木曜日掲載中・・2009/11/19〜〜〜◇◆◇

  里恋詩しくて87

★里恋詩写真→新聞の写真とは異なることがありす。
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里恋写真⇒天狗岳への登山口の案内板・風景・恐竜ランド

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◆ 里恋詩くて87・熊野詣で・お礼参り

天狗岳の湯子川を歩く

 湯子谷から花園へ道がつながっていなかった頃、二度訪れたことがあります。一度は学生時代の民俗調査、今一度は、美里分校の天狗岳ハイキングでした。九十九折り道です。くねくねと渓谷をゆくと記憶が断片的だけれどよみがえってきました。訪れていなければたぶん通らなかったでしょうか。工事中で通行止めの看板もありましたが、よくよくみれば二t以上」と小さくただし書きがありました。記憶をたどれば天狗岳の谷川で魚を手つかみしたこと、天狗岳の麓の里でトイレを借りて縄がひっぱってあってびっくりしたこと、最奥の宮村という名であったこと、その断片の記憶を確認しながらデジカメに収めながら、花園の恐竜ランドへと、ぽこぽこ、ぽこぽこ。天狗岳登山道との分岐点で、お茶いっぷく。道標に岳・967,8米と。川の向こう側へと降りていったのです。「まだだったか、宮村は」「宮村にはいったな」と、一人つぶやきながら。宮村では、少し里道を歩き声かけしましたが誰もいないようでした、誰一人とも会わず、花園の恐竜に迎えられました。恐竜ランドから峯手の里へと向かいました。

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