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◇◆◇「里恋詩くて」 ようこそ◇◆◇
◇◆◇和歌山新報毎週木曜日掲載中・・2009/11/19〜〜〜◇◆◇ 里恋詩しくて76・・・・6/30 ★里恋詩写真→新聞の写真とは異なることがありす。
人物の写真については新聞だけとなりす。その時は 別の写真にさしかえています。ご了承下さい。 ・・・・・・・・
里恋詩くて76・デタラメ農日記・
柿の葉寿司
若葉の柿の葉にサバをつつむ寿司です。田植えなどの農繁期の花といえようか。豊作への祈りと猫の手もかりたい忙しさにふさわしい食べ物かな。吉野川・紀ノ川の特産です。一つ山を越えた有田川、清水の棚田では山葵の葉、あるいは、下流の金屋では、バショウの葉を使用します。また、地域によっては、笹の葉になったり、最近ブログで柏の葉もあるとか。あるいは、葦の葉であったり、高菜だったりと、、、。柿の葉寿司は、吉野山、五条が有名ですが、広く吉野川、紀ノ川流域の山里の郷土食なのです。
紀伊半島の日高川の最奥の寒川(そうがわ)の山里には、四代目、福島栄助さんの三尾屋さんがある。家宝は、天秤棒だといい、毎朝眺められる居間に飾っています。なんでも祖先は海の美浜町から魚を売りに来て、帰りにはシイタケなどの山の幸を担って戻ったのだそうです。そのてんびん棒を家宝にしているのです。蔵には、村おこしの産品、栄助漬の壺が並んでいます。海と山とのコラボの古漬けの元が今も受け継がれているのです。 古座川の最奥の松根の山里では、移動スーパー車が小休止していましたので聞けば定期的に回っているとか。大塔山へ最奥の家までまわっているのです。懐かしの演歌など谷合から聞こえてきます。「きはった、きはった」と道まで出てくるのです。ちょっとした村の社交場になります。お互いの無事を確認できる大切な場になっています。「あのおばあちゃんの姿がみえんけれど、どないしたんな」「町の病院に入院したよ」とか。町への御用聞きもしてくれるとか。 山里に新鮮な魚など望めることはなかった。塩サバにしたり、焼サバにして串に刺したり、干物にして届いたのです。農繁期は猫の手も借りたいほどいそがしかったので手際よく食べられる柿の葉寿司にしたのだとおもいます。また、正月用にと押し寿司にして木箱におさめていました。冬場の常備食としてわが家では、もろぶたを何段もかさねた餅と軒のつるし柿と石を乗せた鯖の押し寿司(箱寿司)と壺に納まっていたカラシ漬で食いつないで春を待ったのです。子供には辛すぎるカラシ漬だったのでお婆ちゃんが砂糖をまぶしてくれましたよ。 サバが運ばれた街道をサバ街道といいます。琵琶湖の北、朽木の里が好きで、時折里めぐりしますが、敦賀から朽木峠を越えて京滋に運ばれたのです。紀伊半島では、熊野古道、大辺路が鯖街道といえます。サンマやめはり街道でもありますよね。 私は、祖母の作ってくれた柿の葉寿司が一番でした。しかし、今は、好きなのは私だけなので、一年に一度ですけれど、若葉の季節に作ってくれます。好きでもないのにありがたいことです。しかも、水田農はやめて久しいのに、、。そうであるのに、味はいつの間にかお婆ちゃんの味になっています。思うに、柿の葉寿司は、それぞれの家の味が一番と思います。青春切符の旅で、生のサバの刺身を食べたくて、正月に、日本海、敦賀にでかけましたが、サバがとれていなくて空振りで日帰りしたこともあります。 |
里恋詩くて
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◇◆◇和歌山新報毎週木曜日掲載中・・2009/11/19〜〜〜◇◆◇ 里恋詩しくて75・・・・6/26 ★里恋詩写真→新聞の写真とは異なることがありす。
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里恋詩くて75・デタラメ農日記・
家を守る
ツバメが門で巣作り中。生まれたらしく早朝からセッセセッセと虫を取ってきています。その姿が健気で感動します。私には到底真似のできないことです。せいぜい、ツバメの落とす糞をうけている新聞を新しくかえてあげることぐらいかな。そして、猫やカラスに負けず無事に子育てしてつつがなく巣立つことを祈って看ています。「看る」という字を願望として使用させてもらいました。
昔の里の原風景を再現したいと思い田んぼの畔にあった「ゆすらうめ」を数年前に同じ場所に植えたのです。たわわに懐かしの赤い実ができています。桑の実も色づいてきています。サクランボで効果があった寒冷紗をグミやゆすらうめにもかぶせています。空かせ眺めれば巨大な龍蛇のような生き物がいてる様に思うのではないか。おかげさまで今年はなんとか懐かしの原風景の味を口にすることができそうです。ゆすらうめの濃い赤い赤い実をつんで味わいました。しかし、昔の頃のような感動する味でもないのです。もっともっと赤くならないといけないのだと思うのです。素朴な中に天然の酸っぱさ、そして、甘味なのだけれど、私の口が肥えてしまっているのではないのかな。それは、自然よりも文明の甘味に慣れてしまっているのではないかと思います。私は、桑の実が好きです。葉をたべる蚕を我が家も昔は飼っていたらしいです。今生きていればおばさんになるのですけれど大阪の紡績工場で働いた後、流行病で亡くなったとか。流行病だったので葬式はなくて、お父さんに背負われて未婚のまま旅立ったとか。我が家の野麦峠です。言い伝えたいとか思って桑の実を植えたのであれば感動ものですけれどね。愛犬との里道にあった桑が枯れてしまって味わえなくなったので植えたのです。 師匠は、晩生のタマネギを収穫してあり、畑から「運んでくれ」というので運び、夕刻、居間に座りテレビで一息いれていると、裏のスリガラスにヤモリが今年も現れました。ヤモリは、「家を守る」とされる縁起の良い生き物です。スリガラス越しにこれから健気な微笑ましい子育てをみせてくれます。夫婦で蛾など狩りをして下で待つ子に与えるのです。そして、やがて蛾などを気絶させて下で待つ子に狩りを体験させるのです。「今夏は節電せよ」と叫ばれていますけれど、「できるかぎり蛍光灯を灯してあげたい」と思っています。 人だけが自然ではないのかな。そんな気がします。「ゆすらうめ」の味に感動する人になりませんか。ツバメのように、ヤモリのように、家を守りませんか。 ユスラウメ
赤い赤い 丸い丸い実 文明の舌の 甘味ではない 懐かしい 甘酸っぱい 健気な味に 出逢ったよ |
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里恋詩くて74・デタラメ農日記・
もろて農
今年の梅雨入りは早かった。そして、台風2号の雨が予想以上に降った。そして、予想以上の風でした。東北大震災地は大変な雨風になっただろうと推察します。我が家の夕食は、たいていが師匠の農自慢です。一見平和にみえますけれど体調の悪い時など耐えられないこともしばしばあります。働いて帰宅して聞くのは辛いことの方が多いかな。それも師匠にはお構いなしです。できばえを自賛していたキャベツがこの雨で破裂してしまいました。何事かと思うほど大層な言い方です。その日の夕食メニューは、変更して、キャベツたっぷりのスープに焼きそばでした。その日から毎食お皿にモリモリキャベツが敷かれています。師匠は、それでも「よかった、よかった」と納得するのです。なぜなら破裂する前にお世話になっている人や身内や農の友達に、キャベツをさしあげていたのです。キャベツをあげた人数は十数人いました。キャベツを食べながら「もろてもろた」ワケ、あげるにいたった経緯を自慢気に、得意気に、話します。その日の農日記のように、、、。一例をあげれば、たよりない身勝手な息子(私)にかわって「危ない、危ない」隣との畦畔の草を刈ってくれたからとか、、、。そして、師匠は、サクランボが破裂していた時に気づいて収穫していればと悔しがります。しかしながら、師匠は、キャベツの上のお肉が好きなだけなのですが、、、。
台風2号は、風もきつかったのか、豆の手が崩れていたり、こけていたり、、小降りになると畑にでかけてそれぞれの作物の有り様を確認して修理します。中でも水回りの点検です。雨が畑から排出されて川に流れていればよいのですが、畑に溜まりすぎていると棚田ですから岸に水が染み込みすぎて崩れやすくなるのです。師匠は、「落ち葉が排水溝のパイプに詰まってないか」と見にでかけます。報告によれば、「畑の下の隣の水田から水も入れていないのに排水されていると、いうのです。それだけ畑の水が地下に沈みモグラ道をつたって石垣から隣の水田にでたからなのです。思えば肥料も流れていることになります。雨風の有り様が夕食の話題です。そこへ、一本の電話が入ります。「おばあちゃん(師匠のこと)」に代わって」といいます。「足が弱くなっているので」と用件を聞くと「おばあちゃんによろしくいうといて」とお礼の言葉です。師匠にワケを聞くと、小雨になったので、乳母車で、従妹の家に行き、自家製のらっきょの甘酢漬けを「もろてもろた」というのです。そのお礼の電話だったのです。その従妹の家から嫁に出た二人の家にも「もろてもろた」らしくて、相次いで電話がかかったのです。 台風2号接近の日の夕食の風景です。明後日の週末は束の間の晴れとか。一雨ごとに作物も育ちますけれど、同時に、雑草も伸びますし、蛇も蛙も虫も登場します。畑へのあぜ道に「お前だれや」「なまくらな息子か」と蛇さんがとうせんぼう、ヒヤヒヤ、ヒヤヒヤ!! しかし、梅雨の晴れ間は収穫と耕作と短期勝負ですから忙しいのです。 |
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里恋詩くて73・デタラメ農日記・
ササユリとツバメと
里山にササユリが咲き、小川では、蛍が舞い、棚田では田植えがはじまり、門にはツバメが巣を作る。どこでもみられた六月の原風景です。紀伊半島の縦断、渓谷の道、国道371号でササユリでめぐったことがあります。ササユリは、わが里山から消えて久しい。その主な原因は、イノシシの好物であること、人が手助けはなくなったこと、人がお持ち帰りしたことによるのだろうか。今、ササユリの自然群生にあうと必ず頼もしいササユリおじさん、おばさんがいます。手助けが必要不可欠なのです。なぜなら、ササユリは、一枝一花に八年ほどかかります。一年一花で三枝三花になるにはほぼ十年かかります。だから、「さえぐさの花」といわれ、三輪神社の神の花です。里の山道あぜ道の草刈は、草刈り機になりましたけれど、それでは、ササユリも刈ってしまいます。ササユリの手助けのためには鎌で手刈りする必要があるのです。ササユリが咲き終わると草刈りして田に敷く(刈敷)ために籠で運びます。その時、籠から種子がこぼれてあぜ道に落ちます。そして、イノシシもおそうことのできない茅の中に落ちるわけです。ササユリの根は茅の根に守られています。イノシシやモグラから身をまもっているのです。。ササユリの茎にはへくそ蔓がまきついています。その臭いでシカなどに食べられないのです。そして、突風も防げます。ササユリの下では生き物にとって不可欠の食物連鎖がおこなわれています。
十年かかるササユリの花を里山に再生しませんか、手助けしてみませんか。 里の川は、最近ゴミ拾いなどするようになっています。自然を守る運動らしい。年中行事になっています。休耕田はあるけれど水田への知恵の灌漑、堰施設はまだまだ顕在で蛍は戻ってきています。「ホーホー蛍来い」と子や孫つれて里道あぜ道歩きたいですね。 台風2号が今日、5/29(日)、紀伊半島には夜急接近すると報道しています。門の天井にツバメが一年ぶりに巣作りしています。去年は、ガレージの工事をしたので敬遠されたのでしょう。今年も、ツバメは古巣を再利用して巣作り。近所のおばちゃんは、毎年、巣はつぶしておくのだといいます。それはいじわるでもないのです。それが「清潔で衛生的な巣になるのです」というのです。その家では毎年巣作りしています。家の周りも水田と藁を用いた畑もあり、巣作りの材料はあるのす。あるべきすがたですかね。わが家は、畑だけで水田がないのでね。貴志川の野上町で鳥の巣を見せてもらって感動したことがあります。ビニール紐を木にからませて巣作りしていたのです。頑丈な巣ですよね。ツバメの巣作りから「人も安易に楽をしてはいけない」と思いませんか。台風接近で大雨、親ツバメは子を守るかのように羽をひろげて巣を蓋して休んでいます。 土や泥は「ババチ、ババチ。オベベが汚れる、、」と親は子にいうている。ツバメの巣作り観察しに里めぐりしませんか。 畑にゆけば
ささゆりさん
家に帰れば
ツバメさん
夜になれば
蛍さん
人だけ
限界集落
じゃないか
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◇◆◇「里恋詩くて」 ようこそ◇◆◇
◇◆◇和歌山新報毎週木曜日掲載中・・2009/11/19〜〜〜◇◆◇ 里恋詩しくて72・・・・5/26 ★里恋詩写真→新聞の写真とは異なることがありす。
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★里恋詩くて72・デタラ芽農日記・
さくらんぼ 私の農の師匠の母は、この夏86才になる。すでに、親子は老人会(60歳以上)そこへ、今や妻も入会。限界集落の典型的な家族になりました。これから先は誰が先に逝くのか、神のみぞしるというところです。私は私で、母を送り妻に送られるのがよいかなと思うけれどそうもゆかないかもしれない。師匠は農暦を持っていて私に聞こえるように「今何をしなければならないか」を説くのですがなかなか思い通り息子は働かない。「農でメシをくってきたんじゃない」「勤めはまがりなりにもおわったんだよ」と、口に出して抵抗する。それは無理もないことなんです。農のできる鍛えられた身体になっていないのですからね、無理はないんですよ。身体がついてこないんですよね。それでもなんとか継ごうとしてもいるんですよ。子に継いでほしいとはおもいませんけれどね。デタラ芽農だけれども三年、それなりに農の暦が身体にも入ってくるようになってきています。そして、願わくばと思う希望農も芽生えてきています。一例をあげれば、家の周りの畑には少年時代に植えられていた果実を植えることにしています。少年時代の田園風景を再現したいのです。少年時代に我が家になくてうらやましかったさくらぼも植えました。今年も色づいています。他には、李、ぐみ、桑の実、木イチゴ、野イチゴなど、、、。さくらんぼはヒヨ鳥との壮絶な戦いもします。旬が来ると軍団で来ます。アッという間に奪われてゆきます。腹はたって焼き鳥にしてしまいたいほど憎いけれど、網にかかったヒヨを逃がしてやるのですよ。さくらんぼの旬になると、師匠は、早生のタマネギの収穫をしながら、あるいは、夏野菜の草引きしながら、雨の日もさくらんぼの番をしています。それでもヒヨは来ます。網をくぐり来ます。今年は黒い寒冷紗の古いのを木にかけてみました。近くでピーチクパーチク騒がしくなっていますが、まだ用心しているようです。しかし、ヒヨにとってもおいしい頃をしっていますから必ず飛んできます。その戦いは明日かもしれません。とにかくさくらんぼに限ったことではないですが、旬を味わわせていただければありがたいですね。限界家族の分だけでもいただければよいと思っています。今年は、さて、さて、勝負は・・。 里めぐりでいただいた山葵も真白い花をさかせました。ワサビの花のテンプラもいただき、有田川、清水町で知ったワサビ寿司(鯖をワサビ葉で巻く)を作って食べてみたい。「わさびよ、わさび、大きくなあれ」、柿木の下、沢水がチョロチョロ流れ、セリ、フキ、ミツバ、タラ、ウドにまじってワサビの花が咲いてくれました。 畑の一角を植物実験場と称して、自然栽培、ちょっと手助けする農をこころがけています。今は明日葉。串本の大島の里めぐりでいただいた新芽のテンプラが美味しかったから、、。まだためしたことはないが青汁も健康にはよいらしい。師匠には、申し訳ないけれど真面目に農を継ぐことは考えていないし、辛いしんどい汗する農はしたくない。心身共に、キラキラ、ルンルンな農にしたいのです。 里の道端 娘さん 子にも味わってほしいと
さくらんぼ取りに 帰ってきて
じいさん 軽トラで
横付けて
荷台で 母と子が
美味しいねと 食べている
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