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なにかと忙しい2月、3月でした。 新高校生になる次男も、やっと落ち着き先が決まり、 家族みんなホッとしています。 思えばちっともエンジンのかからない彼に、やきもきした半年でした。 自分のやったこと、やらなかったこと、ぜ〜んぶかえってくるから。 (←半脅迫) あ、勉強なんかせんでも生きていけるよ。なんだったら高校行かなくてもいいよ。 (←無責任) 勉強ばっかりしてたらあかん、もっとあそべあそべ! (←やけっぱち) かずかずの母親の暴言や揺さぶりにめげず、逞しく育ってくれているようです。 晴れて先日の連休には、相方さんの提案で、家族そろって登山しようとなりました。 友達と約束しようと思ってたのに、と最初しぶっていた長男も、 『もうこれから家族で一緒に出かけること、少なくなるぞ。』という相方さんの 一言でだんまり。 といっても、普段から登山に慣れ親しんでいるわけではない私たち、 いつものごとく、地図だけもっていきあたりばったりの冒険に出かけたのでした。 この日は、黄砂とスギ花粉が大量に降った日。 眼鏡とマスク姿で、黄色くぼやけた山の山頂を目指したのであります。 わが家の裏山は、たまたま六甲にもつながっており、急な坂道をふ〜ふ〜。 苦しくて酸欠になりそう、いつの間にか、マスクはどこかへ吹っ飛んでしまいました。 途中山つつじやつばきなどの高山植物に癒されながら、蛙岩というところに到着。 よするに、蛙の姿をした岩だから蛙岩。さらに上り進めると、風吹岩という、 文字通り風がビュンビュン、ゴーゴーうなる岩山に到着。 気持ちいい〜。 さらに雨ヶ峠でランチを目指して登っていくと、イノシシに遭遇。 私たちをよけて歩くので、そのままやり過ごそうとしたら、最後尾にいた 私の後をついてくるではありませんか。 大きな手を広げて大声で威嚇してみたら、逃げていきました。 子供達は、私のほうが怖かったようです(爆)。 峠について、ランチ。この日は、相方さんと子供達共作でおにぎりと お弁当をつくってくれました。おいしい〜♪ 帰り途は、芦屋ロックガーデンというところを通って、芦屋川駅から帰ろうと 相方さんが提案。 ロックガーデンって、こわいんじゃないの?と私がしぶると、 横を通って行けば大丈夫だよ。嫌だったら、登らなくてもいいんだし。と そうかなぁ、そうかもと思った私。 きっとモアイ像みたいな岩がごろごろしたところを、へ〜、ふ〜とか鑑賞しながら 歩く散歩道のようなものを想像していたのでした。 ところが。。。。 進むにしたがって、土の道がだんだん大きな石に、岩になり、気がつくと。。。 私たちはロックガーデンのド真ん中にいたのでした。 こわいよ〜。ガクガク、ブルブル(←筋肉疲労で膝がブルブルしてたんですよ)。 行くも怖し、戻るも怖し。 なら進むしかないわけです。 屁ぴり腰で進んでいくと、切り立ったいわばの陰に、猫ちゃん。 なぜかペルシャ? 半分、馬鹿にしたようにすり寄ってくるではありませんか。 そんなにすり寄ると、落ちるって。。。(と言いながらシャッター切る私) なんでこんなところにいるんでしょう。 どうやって登ってきたのか、降りていくのか? 降りようとすると、足に絡んできてもっと遊べと言います。 でもさようなら。 でも慣れてくると、だんだん、その岩を足場にしようかとか、考えることが快感に なってくるわけです。 ほうほうの体で降りて、ようやく普通の山の下り道についたころには、 安心からか、鼻水がドドッと。。。 人間って、緊張すると、花粉アレルギーを忘れるんでしょうか? いや〜終わってみると、とても楽しかったもんです。 後から調べると、ロッククライミングを普及させようととある登山家が作った ルートらしいです。一般道と上級者のルートとかいろいろあるみたです。 最初からわかっていたら、ぜったい行かなかったルート。 知らなかったからこそ、楽しめた1日でした。 冒険して、発見して、挑戦してみて、工夫して、無事に降りて。 家族みんな清々しい疲労とともに帰途についたのでした。 でもねぇ、楽しいことに痛みはつきもの。 後日、筋肉痛に悩まされたことは、いうまでもありません。。。 知らないことって、まだまだいっぱいです^^。
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◆Landscape
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生まれ変わったら鳥になりたいくらい旅行は大好き。建築・自然・光・風・空気…場の記憶を封じ込めた旅のアルバムです。
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東大路通りに面して歩いて行くと、京大西部講堂。。。 リニューアル中とは残念。 最後にここに訪れたのは、老朽化した瓦屋根を修復しようとOBでいらっしゃる近藤等則さんの ライブを観にいったのが最後。 学生時代は貧乏たれで、3本800円の自主上映映画を見たり、 前衛演劇や野外コンサートに盛り上がったり。 木のゴツゴツした椅子に座って、6時間ぶっ通しでタルコフスキーの映画を見た時には、 お尻が痛くてしばらく座れなかったり。 あのゴツゴツっとしたアングラな雰囲気が好きだったんですけど、小奇麗になっちゃうのかな。 お、少し、ゴツゴツ系の香り漂う看板発見。 ここから少し歩くと、関西日仏学館。 ここは門扉もお洒落にリニューアルしていて、カフェレストランもグレードアップ。 知らなかったけれど、この建物は有形文化財に指定されていたんですね。 またここで次男君の「喉かわいた〜。」コール。 カフェに入ると、館スタッフの方であろうか、ソファに座っていたフランス人の殿方が フィガロ紙からジロッとこちらを伺い見ている様子。次男君は少し緊張モード。 「お母さん、勝手に入ってきてよかったの?」 ここは日本だ。騒いだりまわりに迷惑かけなきゃ堂々としてればいいのよ。 関西日仏学館のほぼ近くには、イタリア学館が建っています。 ここでは、いつかフラフラとイタリアに留学したいと思いつき、相談に 乗っていただいたことがあります。 勿論、「イタリア古典、歴史、建築家アルベルティについてよく知らないのか!」と 木端ミジンコ(笑)。 己のひ弱な志に気づかせていただいたおかげで今があります。ありがとうです^^。 最近では、お料理教室も開催されているようですね。私のいた頃は、もっと アカデミックな壁が高くって、入りにくいところだったのですが。喜ばしいことです。 東大路通りから1本西の川端通りと丸太町通りの角には、ドイツ文化センターがあります。 学生の頃はドイツの現代美術、ビデオアートなどに興味があり、ここで映像資料やセミナーを聴講したり、 語学を学んだりして足しげく通った馴染み深いところです。お知り合いになった先生とご縁があり、 ドイツにホームステイするきっかけをつくってくれた場所でもあります。 この日はお盆休みで休館。在日外交施設の多くは、日本のお休みと母国のお休みと両方なので、羨ましいと 感じたことがあります。図書館も一般開放されていて珍しい映像資料が見れるので、次男君に 紹介したかったのですが、残念。 ここまで来ると陽もとっぷり暮れ、帰路につくことにしました。 電車の中で、歩き疲れたはずの息子は、ぽつりと言いました。 「なんかさぁ…。もっと、居たい。」 親の身勝手な思い出ツアーに付き合わされて、さぞ退屈だろうと思っていたら、 意外な感想でした。 言葉にできなくても、なにか彼なりに空気を感じ取ってくれたら、それで充分。 ほんの少し、彼と何かを分かち合えたようで、嬉しい気持ちになった1日でした。
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暑い日が続きますね。 先週は、息子と京都に帰省しておりました。 京都は予想とおり、空気が薄く感じるくらい蒸し暑く、 暴力的な太陽光からオアシスのように光と熱を遮蔽してくれる 街路樹の陰をえらんで道を歩きました。 今回の散歩道は 百万遍。 百万遍周辺は、京都大学の学生さんたちが自転車で通行する界隈であることから、 私たち他大学の学生仲間たちは、昔から 『京都の北京通り』 なんて 冗談めかして呼んでいました。 今回の目的は、次男君との、京都大学で毎年夏に開催されている 中学生向け理数系セミナープログラムに参加したいという約束を果たすためです。 大学というところへ行くのは、初体験の次男君。 と目を白黒です。 この界隈にくるのは、20年ぶりのこと。 当時美大生だった私は、当時京大の教職にあられた心理学者の河合隼雄さんの本に心酔していた ことがあり、京大生の友人に無理言って案内してもらい、何度か授業を潜り込んで聴講して いたことがありました。 デッザンの授業サボって勝手によその大学に潜り込むモグリ学生(笑)。 今は外にもオープンなのが、驚きです。 プログラムに参加したあとは、半強制的に『morin学生思い出ツアー』のはじまりです。 ジュースが飲みたいとねだる次男君を連れていったのは、 昭和5年に、詩人でありフランスにパン作りの修業に行っていた初代店主が造ったカフェです。 カルチェラタン風の店内では、昔から京大の教授と学生さんたちが授業の延長のように 討論したりしていた、一種のアカデミックなたまり場であり、京都のカフェの草分け的存在でした。 私が学生の頃も、時間を忘れて本を持ち込んで寛いだり、ドイツ人留学生に語学教わったり、 仲間と映画の話で盛り上がったり、随分お世話になったカフェで思い出深いところです。 時代が変わったのでしょうか、なんとなく昔ほどの硬派アカデミズムムードは感じられず、 学生さんだけでなく観光客のお客さんでにぎわったりしていました。 次男君は『食べながら、本も読める』この環境がいたく気に入ったのか、もう10年以上も前の National Geographic誌の写真に夢中。 カフェを出ると、白川通りで銀閣寺キャンディー]を食べました。 飴ちゃんではありません、いわゆるペロペロアイスキャンディーですよ。 美大時代、冷房のないワークショップ教室で作品を制作していた時、マメなゼミ仲間が バイクでゼミ全員分の銀閣寺キャンディーをよく買ってきてくれた思い出があります。 一番好きだったのはイチゴのはいったの。北極キャンディーみたいに斜めにバーが刺さっていて、 アイスの塊を落とさず最後まで食べるのにいつも躍起になっていました。 1本160円だったけど、昔はもっと安かったような気が。気のせいかな〜。 案の定、アイスキャンディーで手をベトベトにしてしまった次男君、店主が水の入ったボールを 店の奥から持ってきてくださって、「これで手洗っていき。」と言ってくださいました。 皆さん、京都人=いぢわるという思い込みは、よしましょう(笑)。 再び白川通りから今出川通りを通って、東大路通りへ。 このあたりは、昔からフランス、イギリス、ロシア、ドイツ、イタリア、アメリカなど在日外国文化 交流施設の集積地。留学案内、語学ゼミのほかに、メジャー映画館ではなかなかお目に かかれないようなインディーズ映画や演劇、要人・文化人を招いてのセミナーなどの催し物が行われています。 残念ながら北白川にあったブリティッシュ・カウンシルは、跡形もなくマンションに変わっていました。 大学の地方移転に伴い、こうした文化施設も東京や大阪に移転してしまうようです。 大学の街、文化都市としての京都の姿が変わっていくのはとても寂しいことですが…。 |
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思いのまま飛んでいけるのか? 飛んでいけるのです^^。 今日の午後、『蓮』を描きたい衝動にかられました。 今がちょうど開花時期なんです。 早速、近隣で植生している地域をネットで調べてみました。 京都は三室戸の蓮寺は有名ですが、今から出向くと約2時間。 その頃はもう閉館時間なので、今回はあきらめ。(残念なことに、今日は1年に1度、 ハス酒をいただける日でした。くやし〜〜〜。) 一番近いところでは、夙川公園に蓮池があると知って、早速スケッチブックと色鉛筆を もって電車に飛び乗りました。 夙川公園は、南北に細長く広がる公園です。 自宅からとても近いので、桜の時期の花見に、一度来たことはあったのですが、 はて、いったい池はどこに? 公園を北に歩いていくこと15分、不安になってきたので、 ちょうど向かい側から歩いてこられた老紳士に尋ねることにしました。 「池?ああ、反対側ですよ。もっと南です。ちょうど、私もそっちに用があるから、 一緒に参りましょう。」とおっしゃってくださった。 その老紳士は、なぜ私がその池に用があるのかには一向に関心のない様子。 おそらく、観光客とでもおもったのでしょうか、夙川近辺の歴史を語り始めてくださった。 「もともとこの地域は香櫨園(こうろえん)と呼ばれていて、北にいくと、甲陽園、甲東園…って、 みんな『園』がつくんですな。関西の経済を支えた財閥の、別荘地だったんですよ。 だから大きな遊園地があってね。今はもうないけれど、池はその名残なんですよ。」 この地に言いようのない愛着をもっていらっしゃるのだなと感じながら、 丁重にお礼を述べてお別れしました。 池はその紳士がおっしゃるように、公民館を囲んだ小さな池でしたけれど、 蓮が咲き乱れておりました。まさに、咲き乱れる!という言葉がふさわしいのです。 ところどころにイスや物見台があったけれど、一番いいアングルを吟味すると、 草木のうっそうと生い茂る場所に拠点を構えることに。 もう10年以上前、睡蓮をテーマに絵を描き続けたことがありました。 振り返って思うと、その時の自分にとってはとても辛い時期だったかもしれない。 渾身の思いで描いた蓮の絵を、大切な人達あげました。 私のできることは、それくらいしかなかったから。 だから描いた絵は一枚も手元にない(笑)。 今日、何十年とブランクがあって、スケッチしてみたけど、 やっぱりぜんぜん描けないの(笑)。稚拙でへったくそ。 技術的に、やっぱり描いていないとどんどん衰えていくのかなっと思ったけど、 ひとつ嬉しかったのは、描いていて、今まで以上に発見があり、嬉しかったこと! 蓮の葉の一つ一つの趣や表情や、池に映る鏡のような様。。。 うまく描くことより、その様をとらえたくて、夢中の1時間。 足に強烈な痒みを感じるまで、時間を忘れていました。 ふと足元見ると、蚊が数匹お食事なさってる。 パッチ〜ン♪ あ、虫よけスプレーもしてこなかったんもんね。 まあ、いいか〜。 痒さにこらえきれず、今日はここまで。 蓮の花が遠景だったので、目をこらしても構造がよくわからなかった。 なんか納得いかないな。 我が家のベランダにある「キンレンカ」の葉っぱを観察してみました。 はっ水性という共通点があるだけだけど。 まだまだ描きこみ、練込みたいです^^。
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家の近くの神社へ続く、この参道によく散歩にいきます。 大好きな道です。 ここを通って、神社にお参りします。 神社の入り口には、350年ほど前の桑の木があって、 この地の人たちは、「癒しの木」と呼んでいます。 確かにこの木に触れると、優しい気持ちが流れてくるような 気持ちがします。 息子が小学生だった頃、同級生で不登校の男の子がいました。 授業にきたとしてもいつも遅れてくるその子供に、先生は叱らずに、 「嫌なことがあったり辛かったら、あの木に抱きつきにいきなさい。」と 言われていたと、息子から聞きました。 子供の心に触れておられたんだなと感じました。 この神社の奥にいくと、八百万の神様を奉っておられる祠があります。 その脇に、さらに大きな木があります。 枝を四方八方に広げてまわりを守ながら、どこか人を寄せ付けまいとする きっぱりとした厳しさのようなものも感じます。 きっと神様が棲んでおられるのだと、私は勝手に確信しています。 今、この神社ではだんじりが行われています。 たんじり車が3日間、町中を練り歩きます。 最終日はこの神社で奉納の儀があります。 どこからか、だんじりの音を聞くだけで、ワクワクするシーズンです。
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