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草木塔の不思議

ブログ超初心者。何だかわからず、コピーしています。
美しいやまがた新聞 平成19年9月15日:抜粋

草木塔の不思議
    草木塔と山頭火
 山頭火の句集と放浪記草木塔ブームである。山形県置賜地方に集中する草木塔
はどうしてなのか、いろんな説があるが、明確には解明されていない。俳人種田
山頭火の句集に「草木塔」がある。この句集は昭和15年4月に一代句集として刊
行された。第二句集でのタイトル草木塔が総括の本のタイトルにもなったもので
あるから、かなり意識的に扱われた言葉であることは間違いがない。山頭火と草
木塔は切っても切れない関係のものである。山頭火の「草木塔」と置賜の「草木
塔」とはどんな関係があるのか調べてみたくなった。 山頭火が東北を訪れたの
は、昭和11年。6月に甲州から信濃路へ入り、新潟の良寛遺跡を巡りながら、
山形、仙台を経て平泉へ行っている。7月に日本海側を福井まで戻り永平寺へ
参籠したとある。特に鶴岡では俳人和田光利(あきとし)の接遇を得て、だいぶ
楽しく句会を行ったりしていたが、風呂に行くと言いながら突然行方不明にな
り、法衣も着ずに、浴衣ひとつで仙台まで行ってしまった。そのことは山頭火
が、仙台からハガキを光利に出してわかったのだという。山形県米沢市を中心と
した地域にのみ草木塔が存在するとわかったのは、昭和29年の佐藤忠蔵氏が羽陽
文化23号に発表されてからである。山頭火の句集からは21年もあとのことであっ
た。草木塔の出版は昭和8年、東北の旅は昭和11年である。山頭火は草木塔とい
う言葉を、東北に来る前にはわかっていたことになる。山頭火は村上で、草木
塔のことを知ったという、郷土史家もいるが、時間的なずれがある。誰に聞き、
何を感じ句集にしたのだろうか。どうして山頭火は、草木塔という言葉に固執し
たのだろうか。
 辞典にない草木塔 まず、草木塔という単語がいつの時代から認識され
たのかを辞典をもとに調べてみた。昭和8年以前に出版されている書籍には草木
塔の言葉がない。これらの中で、草木塔の項目があったのは、昭和58年に刊行さ
れた郷土事典 山形県大百科事典(山形放送)ただ一つである。
 句集の題名の由来 さらに全集などを紐解き、草木塔の由来を調べてみたが、第1集鉢の子については、恩師井泉水の意向もあって鉢の子となり、柿の葉では、山頭火と友人緑平の裏表の関係を述べている。しかし草木塔に関しては、全集の解説において以上の六句集を総括して出版する時、大山澄太は書いている。「二人で題名を相談した。山頭火は雑草風景も好きらしかった。だが、結
局草木塔とした。草木塔は山頭火塔でもある。」と。
 この草木塔の扉のページには、若こうして、死をいそぎたまへる母上の墓前に
本書を供えまつる。と記し最期の場所一草庵にも母の位牌を大切におまつりしていたという。ここで跋文を大山澄太氏が結んでいる。文は「翁は永遠の旅人であ
る。自然に帰依し草木を友とする旅人である。この600句こそは翁が無心に積み
上げた寂しき光の草木の塔である。」このように、大山氏は草木と一体となって
行乞を行ってきた山頭火の心の積み重ねを塔と表現したようである。山頭火と置
賜の草木塔との関連はなかった。偶然にも山川草木悉皆成仏という仏教思想が
一致したものだと理解するのである。
 


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