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観光タクシー前の下岩瀬町と、花場印刷前の西部の曳山の間に割って入るかの如く、北部曳山が武家屋敷通りから颯爽と現われた。どうやら自丁内(武家屋敷通りなど)への家々見せが終わり、町中心部に出て来たようだ。目的は薬師堂参拝であろうか。北部の曳山が横町十字路に現れた瞬間、周りの観衆からは大歓声が上がった。お囃子は角館の若衆が最も好み、興奮を誘う“道中囃子”を奏でている。お囃子担当である鈴木組の道中囃子は、通常よりテンポが早い上に独特のアクセントがある。そして18台ある曳山の中で、最も音が響く大太鼓を使用しているので、非常に刺激的な道中囃子なのだ。意気揚揚と横町十字路に陣取る北部曳山。
北部の右側に下岩瀬町の曳山が見えるが、因縁が深いのは左側奥にいる西部曳山である。その凄まじい強さで90年代頂点を極めた西部と、2000年代に入り北部は激しい激闘を繰り広げた。最大人数を誇り、多くの丁内から敬遠されていた西部。北部はそんな西部と02’04’05’と4年間のうち3度も真っ向勝負し、そして互角以上の戦いを展開した剛強な曳山である。西部は1997年以降、奇数年のお祭り3日目は敬遠され、対戦相手が見つからないジンクスがあったが、2005年に北部がその忌まわしいジンクスを解いたのだ。又、西部と4年間に3度もやり合ったのも北部が初めてであろう。そんな北部の曳山からは、強烈なプレッシャーが放たれているように思える。
一方で北部の右側に見える下岩瀬町も、かつて西部と覇権争いをした桜美町との抗争の中で、今や翻弄する領域に達した実力者である。そんな下岩瀬町からは底知れぬ恐ろしさのような物を感じる。北部が横町十字路に登場しても、幹部達は眉一つ動かさない。その表情は自信に満ちている。ここに来る途中の本町通りとの激突や、横町西部張番前での大塚とのやり取り。そして目の前に現われた北部…お祭りの雰囲気に酔いしれている様子だ。一戦交える準備などせず、酒を酌み交わしている。さて横町十字路に陣取る北部の選択肢は3つ。そのまま前進し突き抜けるか、左折して因縁の西部と再戦するか。それとも未知の強豪・下岩瀬町が待ち構える方へ右折するのか。いよいよ北部の正責任者(指揮官)が決断を下し、その重厚な曳山が動き出す・・・。
下岩瀬町ミニ曳山(人形・悪源太義平) × 北部ミニ曳山(人形・上杉謙信)
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