|
悪天候のお祭り最終日であったが、雨が上がった夜21時すぎには別の場所で、北部と西勝楽町の本番激突が始まっているようだ。その他の16台の曳山は慎重な動きだったが、時間が経つにつれ動き始めた模様だ。ちょうど北部vs西勝楽町が開戦した頃、栄町の通りに連なっていた3台の曳山にも状況変化が生まれた。菅沢がいる駅方面を向いて、当初は横町・西部・桜美町の順に並んでいて、横町と菅沢との22年ぶりの対決も予想されたが、横町が転回(方向転換)しUターン。西部と桜美町と交差した。どうやら桜美町の後ろにいた七日町に、標的を変更した模様である。両者は初日にトラブルを起こしており、その決着戦といった所か。横町と西部&桜美町の交差がスムーズ出来たのは、横町とこの両者は友好丁内である為である。また90年代まで西部と桜美町との間にも友好関係があったので、以前までこの三者は“三国同盟”的な雰囲気があった。 しかし90年代中盤に西部と、桜美町の関係が急激に悪化し抗争が勃発。歴史に残るような大激闘を繰り広げた。西部が(横町に代わり)菅沢の方を向く先頭になり、6年ぶりの対決の可能性が高くなった訳だが、一方で転回(方向転換)し桜美町との再戦も予想された。しかし西部に桜美町という選択肢は無かったようだ。どうやら両者との友好関係が続いている横町が、自身の付近もしくは横町丁内の中では、激突しないよう釘を刺していたようだ。西部や桜美町の方が横町より人数が多いが、歴史が長いのは横町の方である。その意向を簡単に無視にする訳にいかない。1995年と97年に西部と桜美町は激突したが、その後に三者で会合を持ったと聞く。西部と桜美町は友好関係が復活した訳ではないだろうが、少なくとも狙って行ったり、横町が絡む場面で一戦を交える事は無いだろう。ただし純粋な対曳山交渉の結果、それが決裂し激突に至るケースはあるようだ。夜22時すぎ、菅沢とはかなり距離があるが、西部は後方に本番激突の装備を取り付け始めた。 ←横町ミニ曳山(人形・武田信玄) 桜美町ミニ曳山(人形・八幡太郎義家)→ 西部ミニ曳山(人形・伊達政宗)→ 新ミニ曳山コメント掲示板DX(ファン登録者限定)→ http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/29083720.html
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




