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9月9日深夜24時を回った頃、いよいよ桜美町(左側)と下岩瀬町(右側)の因縁の対決が始まった。3年前の前回対決では、正面からの激突に応じなかった下岩瀬町の策略にハマリ、煮え湯を飲まされた桜美町。そのリベンジを果たすべく怒涛の勢いで突撃する。「ドンッ!!」少し遅れて下岩瀬町も前に出るが、先に勢い良く踏み出していた桜美町が、下岩瀬町の曳山を若干ながら押し込んだろうか。「おぉ・・・」周りの観衆からどよめきの声が上がる。観衆には地元衆も含まれている。もちろんその激突の瞬間の迫力に魅入られた事もあると思うが、前回対決と異なり下岩瀬町が正面から受けて立った事への、驚きなども含まれていたと思われる。 前回対決「1996・桜美町vs下岩瀬町」の再現 http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/folder/1099875.html なぜ下岩瀬町の戦い方が前回と異なるのか。本番激突の曳山ぶつけは、正面から前担木(ハナ/曳山前方部)を合わせてから、曳山を上げるのが通例であるが、それまでの規約が曖昧だった事もあり、(その年によっては)直前で曳山を上げて相手を迎え撃つ丁内も存在した。事実、1997年には桜美町も西部との再戦で、この戦法を使っている。しかしこれ以上の横行を危惧してか、1998年の責任者会議にて「曳山は前進するのが基本であり、曳山を立てて待っての激突を禁止する。必ず前担木を一度合わせてから、次の行動に移る事。」と、規約が改訂された。“必ず”という文言入ったり、表現も曖昧な部分が直されている。 これにより18丁内全ての曳山が正攻法で戦う事になった。ちなみに第二幕で少し触れたが、下岩瀬町は正攻法でも強い。元々は正攻法での戦いが多かった丁内で、1996年の桜美町戦はおそらく異例の事だろう。規約改訂後の1998年には、山根と岩瀬という巨頭コンビと対戦。正攻法で真っ向勝負し、それぞれ互角以上の戦いを展開している。今回は理想通り正面から相対し、対等の勝負になり桜美町は一安心であるが、地力がある相手なのでまだまだ油断できない。曳山が上がる前に、機動力に顕著な相手が前進して来る可能性がある。激突後、曳山を上げるべく持ち場の若衆が力を込める。先手を取るのは果たしてどちらか? 桜美町ミニ曳山(人形・八幡太郎義家) × 下岩瀬町ミニ曳山(人形・悪源太義平) 新ミニ曳山コメント掲示板DX(ファン登録者限定)→ http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/29083720.html
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