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◎武蔵坊弁慶(?〜1189年) 伝説色の濃い豪勇の法師。武蔵坊と称し、源義経の家来として活躍した。「義経記」によると、熊野・別当氏の子で鬼若と名づけられ、比叡山の西塔で修行する。山を抜け出したのち播磨国の書写山(姫路市)を焼いた。洛中に出て他人の太刀を奪い取り、千本目に義経の太刀をねらったが果たせず、義経と君臣の契約を結び、以後は彼に従い源氏再興の為、平家との戦いで獅子奮迅の活躍をする。しかし平家を滅亡させた後、源氏の棟梁である源頼朝は弟・義経を、危険人物と見なし追討を画策。執拗なまでの頼朝の追撃を受けるも、奥州へと落ち延びた義経一行。しかし1189年、奥州にて保護してくれていた藤原氏にも裏切られる。衣川での最後の合戦における弁慶の、主君・義経を守るべく無数の弓矢を受け止め、壮絶な立往生を遂げた「弁慶の立ち往生」は有名である。上記は歌謡曲「船弁慶」「橋弁慶」、歌舞伎「勧進帳」「弁慶上使」などに、英雄的人物として描かれている。 |

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