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◎伊達政宗(1567年〜1636年) 1567年、伊達輝宗の子として誕生。幼名は梵天丸で、元服後は藤次郎政宗と名乗る。1584年に家督相続。父の死後、積極的に領土拡張に乗り出す。1589年、芦名氏を滅ぼし会津地方を制圧。南東北一帯に広大な勢力圏を築き上げた。しかし圧倒的な軍事力を誇る、関白・豊臣秀吉の前には抗し難く、1590年、小田原征伐に参陣し支配下に降った。領土削減後、再起の機会を伺うも、一揆扇動の疑いを持たれ冷遇が続く。秀吉死後は徳川家康に接近。関ヶ原の合戦では、奥州にて西軍・上杉軍と交戦。徳川方の勝利に貢献した。しかし「百万石のお墨付き」は反故され、仙台62万石に抑えられる。1601年に仙台城建設に着手。検地や治水工事を行なって仙台藩の基礎を築いた。その後スペインと同盟を画策。幕府転覆を模企てるも頓挫。徳川幕府への忠誠へと傾く。大坂の陣では徳川方として活躍。将軍・徳川秀忠や家光より厚い信頼を得て、指南役として「天下の副将軍」と呼ばれる。1936年江戸桜田屋敷にて死去。和歌・書・茶・能の素養は一流で、桃山文化を仙台でも開花させる。幼少の頃に右眼を失明し、その武勇からも「独眼竜」と畏怖された。現代では多くのファンから親しまれている。 |

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