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◎上杉謙信(1530年〜1578年) 1530年、長尾為景の子として誕生する。幼名は虎千代。当初は仏門に入れられていたが、周囲から推され、兄との争いを制し越後国主になり、内乱を鎮め越後統一を果たした。以降は長尾景虎し、信濃の村上氏や小笠原氏を助け、甲斐の武田信玄と対決する。両軍は5度に渡って川中島で合戦を繰り広げるも、決着は付かなかった。又、その間に北条憲政を保護し、上杉姓と関東管領の地位を譲られる。名を上杉政虎→輝虎→謙信と変えた。武田信玄との争いが一段楽すると、北条打倒の関東出兵を敢行。それは十数回に渡って行われた。武田・北条・今川の三国同盟と対峙する厳しい状況が続いたが、今川義元の死を機に同盟が破綻。一時は激しく対立していた北条家とも同盟を結ぶ。しかし矛盾が多い北条氏との同盟は瓦解し、再び敵対関係に戻る。晩年は台頭著しい織田信長との対決が大きな課題となる。石山本願寺とも和解した謙信は、1577年(信長が派遣した)柴田勝家の4万の大軍を手取川にて撃破。再度の上洛や関東出兵も視野に入れるが、1578年、脳溢血で倒れ春日山城中にて49歳で没した。無類の強さを誇った謙信は、「越後の龍」「軍神」「聖将」「毘沙門天」などと崇められた。 |

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