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深夜23時を回り、薬師堂前で作戦会議を開いていた岩瀬がついに動いた。2つの選択肢があったが、先行し北上していた西部の追撃→対決でなく、薬師参道を南下して(途中まで引き返し)下中町に向かうとの事。どうやら郵便局前で陣取る横町と一戦交えるようである。正責任者(指揮官)の決断を聞き、一部では驚きの表情を見せる若衆もいたかもしれない。西部との14年ぶりの決戦が有力視されていたからだ。岩瀬は向きを南へと矯正。横町のいる下中町・郵便局前に向け突き進む。これで王者と盟主との決戦は流れ、古豪との再戦が決定的になった。 意外とも思える岩瀬の決断。薬師堂参拝後、北上して旧丁内(横町・上新町等)を通り自丁内に帰るのが、岩瀬の美学とも言われており、まして最高峰の相手・西部が待ち構えていたのだ。それを選択しなかった理由だが、当時の岩瀬の正責任者・T氏に聞いてみた所、前日の本番激突が影響しているらしい。2日目に中央通りと9年ぶりに対戦。曳山新造後、初めて相手の下に潜って戦った岩瀬。曳山を上げない状態で相手に“腹”に突撃。それを何度も繰り返した事で、翌朝は欄干(紅白の部位)修繕に時間が掛かり、それに尽力した若衆の疲労を考慮。 横町西界隈に目を向けると西部の他、桜美町×西勝楽町と七日町×川原町と四台の曳山が集中しており、西部と一戦交えたのち他曳山との交差をこなすと、帰丁は間違いなく明け方になる。岩瀬の正責任者は(上記理由から)明け方の帰丁は避けたかったようである。そして厳密には「横町狙い」でなく、「最短ルートの帰路で相手を見つけ、一戦交えたのち自丁内に帰る」が正しい表現であろう。それが下中町・郵便局前にいる横町であり、横町は4年前に岩瀬と引き分け、2年前には盟友の山根とも死闘を繰り広げており、申し分ない相手だと判断したようだ。 |

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