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山根が対戦を望む相手とは桜美町である。夕方すぎに横町橋を渡り、横町西部張番を曳山を見せ終え、同丁内をゆっくりと賑やかしている。こちらも雨天の中での運行である。この時、山根の歴史が79年に対し、桜美町は39年とほぼ倍の年代差ではあるが、平成に入り“王者”岩瀬との抗争を制した桜美町は、一気に岩瀬や山根らと肩を並べる存在になった。しかし丸30年も山根とは対戦は無く、周囲からは対戦への待望論が湧き上がっていた。 山根に次ぐ大きさの桜美町の曳山は“重戦車”の異名を持つ。厳密には先代の曳山(昭和50年〜62年)に付けられた異名であるが、昭和50年に新造された先代の曳山は、当時としては超ド級の大きさだったらしい。(同じく旧型だった)当時の山根を上回るものだったのだろう。その年のお祭り初日の帰りはなかなか曳山が動かず、後方の山根の後押しを得て、動かしたとの逸話を持つ。翌年に改造し縮小したものの、超ヘビー級の部類だったろう。 その後、桜美町は1988年(昭和63年)に曳山を新造。その3代目の曳山は最新鋭の機能を誇る曳山で、当時頂点に君臨していた岩瀬との抗争で、大いに力を発揮した。次第に他丁内も曳山を新造し始め、大きさで並ばれて来たが、(老朽化もあり)パーツ交換を繰り返し、再び桜美町の曳山は最大級の大きさに変貌を遂げる。山根に次ぐNO.2の大きさの曳山(長さは岩瀬・高さは桜美町)になった。長さでは山根に劣るも、高さは同じかそれ以上か? 前日のお祭り2日目、山根は東部と激闘を繰り広げているのだが、ほぼ同時刻に桜美町は中央通りと対決していた。疲労度合いに関しては、両丁内とも対等の条件であろう。すでに山根は横町十文字を通過し進んで来ているのだが、桜美町の動きはゆっくりである。張番からの制約があるのだろうか?もしくは慎重に対決する場所を見定めているのか?だが対決を決意した模様だ。伏見前十字路を通過し、いよいよ“重戦車”と“不沈艦”が対峙する。 桜美町ミニ曳山(人形・八幡太郎義家) 新ミニ曳山コメント掲示板DX(ファン登録者限定)→ http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/29083720.html
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