|
横町との交差を終えた岩瀬(左側)の前に現れたのは桜美町(右側)である。夕方に薬師堂参拝を済ませ、その後は横町の後方に尾けていた。横町と岩瀬の本番激突が終結し、和解→交差したのを受け動き出したようだ。「もっと前だ!!」「早く出せ!!」距離を詰める岩瀬と桜美町。「何だこの野郎!?」「邪魔だ馬鹿野郎!!」曳山の動きは止まったものの、前方では若衆同士が小競り合いを始めたようだ。幹部達が止めに入るも難儀している。 岩瀬にとって桜美町ほど憎たらしい存在はあるまい。昭和時代、圧倒的な強さで頂点に君臨していた岩瀬。それまでの桜美町との対決では優勢だったものの、平成元年(1989年)の対決を皮切りに、5年間で3度の対決では、いずれも大苦戦を強いられた。特に平成5年の対決は完膚なきまでに叩き潰された感がある。王者のプライドはズタズタにされた。一方、岩瀬との抗争を制した事で桜美町は、覇者として強豪の一角に名を連ねるようになった。 当時の桜美町は最新鋭の曳山だった事もあったが、そのハンディを考慮してもやられすぎた。その後、岩瀬も曳山を新造。桜美町へのリベンジの機会を伺っていたが、桜美町が以前より早く自丁内を出るようになった事もあり、対戦の機会は14年も遠ざかっていた。その間に大塚が独立し、人数が減った岩瀬。これに伴い曳山・人数とも桜美町と互角だろうか?平成7年(1995年)同じ状況では桜美町が道を譲ったが、今回は様相が違うようである。 岩瀬ミニ曳山(人形・酒呑童子) / 桜美町ミニ曳山(人形・八幡太郎義家) |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



