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1995年9月9日お祭り3日目。去年からの因縁を引きずり、初日でトラブルを起こした西部と桜美町は、ついに正面から対峙した。自丁内を賑やかし内川橋を渡ってきた西部は下中町に入丁する。そして自丁内を賑やかした後、参拝を終えた桜美町は西部の後ろに着ける。郵便局の所まで進んだ西部は転回(Uターン)し、桜美町の曳山が待つ方へ進んで来た。角館温泉前で少し距離を置いて向かい合う西部と桜美町。初日の殺気立った雰囲気とは一転、両者とも冷静で落ち付いている。そして曳山の前に陣取る若衆には笑みすら見られる。両雄ともこの年代は絶頂期で他を圧倒していた。これはただの因縁決着戦とは違い、覇権をかけた頂上決戦といっていいだろう。嫌いな相手ではあるが、実力は共に認め合っていたと思う。両丁内の若衆は最高の相手を前に、お祭りの雰囲気に酔いしれている様子だ。町で最も人数の多い西部と、2番目に多い桜美町が向かい合うと、圧倒されるような迫力と光景である。そして間もなくして、通行の優先権を巡る交渉が開始された。 80年代後半から桜美町は岩瀬と激しくやり合った。岩瀬は長きに渡りトップに君臨した曳山で、かつては向かうところ敵無しだった王者である。しかし桜美町はその岩瀬を完膚無きまで叩き潰し、角館のお祭りの歴史を変えた。あの誇り高い岩瀬の若衆も素直に桜美町の力量を認めた程だ。一方で西部は90年代に入り菅沢と抗争を繰り広げる。菅沢は王者として猛威を振るっていた岩瀬と、70年代には毎年のように伝説の大激闘を繰り広げた大剛である。その後80年代以降は西部との争いに移行し、90年代に入っても続いていた。しかし鋭い動きの西部が菅沢を翻弄し93年には降参を奪い、94年には後退する菅沢を数十メートルに渡り押し込んだ。そんな桜美町と西部が直接対決する・・・両者が向き合ってと聞き付けた他曳山の若衆や、観光客達が角館温泉付近にぞくぞくと集まり出す。やはり注目度は高いのだ。そして両曳山とも激突用の本番装備を取り付け始めた模様だ。 一方で上記に名前が上がった岩瀬と菅沢だが、この年(三つ巴の激突を除き)久しぶりに直接対決するようだ。 1995年・岩瀬vs菅沢の再現はこちら → http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/folder/703223.html 桜美町に苦杯を喫した岩瀬と、西部に辛酸を舐めさせられた菅沢だが、依然として影響力のある存在として君臨しており、こちらの対決も注目度は高い。1995年の西部と桜美町の決戦は「90年代・頂上決戦」と表現していいと思うが、70年代から脈々と続く岩瀬と菅沢の対決は「伝統の一戦」と言っていいだろう。その価値は未来永劫変わる事はない。2つのビッグカードが同時に実現し、この年は非常に華やかなお祭りであったと思う。ちなみに岩瀬は2007年の桜美町との、久しぶりの再戦では五分の戦いでだった。又、菅沢は2000年以降の西部戦では、一転し猛烈に巻き返している。やはり岩瀬・菅沢とも実力がある曳山なのだ。私見であるが2009年現在、山根を加えた“BIG5”に実力差はほとんど無いように見受けられる。そこへ近年台頭してきたいくつかの丁内が、この“BIG5”を脅かしている状況といっていいだろう。まさに角館のお祭りも、風雲乱世の戦国時代のようである。 桜美町ミニ曳山(人形・八幡太郎義家) × 西部ミニ曳山(人形・伊達政宗) 新ミニ曳山コメント掲示板DX(ファン登録者限定)→ http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/29083720.html
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