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数時間に及ぶ激闘を演じた下岩瀬町と北部。一進一退の攻防だったが、両者とも一歩も引かず、小休止に入った。周囲の状況だが、薬師参拝を終えた曳山や、丁内へ帰る曳山などが少しずつ近づいて来ているようだ。この日はまだお祭り2日目で、まだ最終日が控えている。近づいて来ている曳山には、一癖ある相手も含まれている。もし相対す事になれば、交差するのに朝まで掛かる事態もあるだろう。それでは最終日の運行に支障を来たす事になる。また時間規制の関係で、警察も目を光らせている。このまま激突を続けても決着は付きそうにない。ここいらが潮時だろう。下岩瀬町と北部は、曳山を解き交差する為の和解交渉に入った。 やっている方、見ている方とも気付いてなかったかもしれないが、この両丁内は角館のお祭りにおいて、歴史に残る偉業を成し遂げている丁内同士だ。下岩瀬町は98年のお祭りで2日目に山根、3日目には岩瀬と対決した。ご存知の通り山根と岩瀬は兄弟曳山であるが、その伝統と実績もさる事ながら、他を圧倒するスケールの曳山で恐れられている。1回のお祭りで両巨頭の相手を務めたのは、たぶん(その年の時点で)下岩瀬町が初めてだろうし、後退する戦術を取った山根と岩瀬を、それぞれ追撃する見事な戦いぶりであった。思えば近年の下岩瀬町の快進撃は、この年から始まったのかもしれない。 一方で北部も2000年代に入り、最大人数を誇る大丁内・西部と4年間の間に3回も対戦した。西部を敬遠する曳山が多い時代である。ここまで西部と激しく争ったのは北部が初めてだろう。どれも互角以上の戦いを演じ、その当時西部が苦しんでいた「奇数年は相手が見つからずあぶれる」というジンクスも解いている。ちなみに北部は、山根や岩瀬と兄弟曳山のため対戦する事はまず無い。一方で下岩瀬町は(北部が激しく争った)西部との対決は、20年以上も遠ざかっている。それぞれが出来ない事を成し遂げた、強豪同士の真っ向勝負。非常に見応えがあった。和解の交渉が成立し、組んでいた曳山が動き出す模様だ。 下岩瀬町ミニ曳山(人形・悪源太義平) × 北部ミニ曳山(人形・上杉謙信) 新ミニ曳山コメント掲示板DX(ファン登録者限定)→ http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/29083720.html
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