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9月10日深夜2時半頃、組んでる状態を解く和解交渉が成立し、共に曳山を下ろした東部と横町。どのような条件だったかは分からないが、綺麗な形で交差を完了させ、それぞれの丁内へ帰った。前年は警察の意向で、「曳山ぶつけは深夜2時まで」という時間規制が突然試行され、お祭り3日目の曳山ぶつけを中止に追い込まれた東部。たぶんこの時間規制の件は、寝耳に水という若衆も多かったのではないか。やるせいない思いをし不完全燃焼に終わった前年の分を、この年のお祭りに賭けたと思うが、東部のその熱い思いを横町を真っ向から受け止めたと思う。2時間という短時間決戦であったが、熱く激しい一戦であった。
この年が初対決だった東部と横町だが、実は不思議な縁がある。以前まで横町に住んでいた何人かの若衆が、(東部が誕生する少し前に)家の事情とかでその地域に引っ越している。その後、東部が菅沢より独立し曳山を出した。その若衆達は横町の曳山にも付くことは可能だったが、そのまま新丁内の船出に参加し、東部という新しい丁内の発展に尽くしている。彼らは現在の中心メンバーや長老格に名を連ねており、この直接対決は特別な思いだったのではないか。意外にこの両丁内は縁があるのだ。
横町の半纏といえば、黒生地で後ろに大きく「山」と書かれたデザインである。一方で東部の半纏は、各所に白いマークが散りばめられたデザインだ。それはどこか古巣・菅沢の半纏に似たような雰囲気にも映るかもしれない。今日まで「あぁ、菅沢の半纏の流れを汲んでいるんだなぁ・・・」と思っていた人も多かったのではないか。しかしその白いマークの内側にも注目していただきたい。これまでは白い部分にばかり注目が行っていたと思うが、その内側の黒い部分をよく見ると、「山」という文字には見えないだろうか?共に半纏に「山」と文字が入っている横町と東部。2002年以来対決は遠ざかっているが、「山」という文字にこだわりを持つ両丁内の再戦を見たいものだ。
東部ミニ曳山(人形・平敦盛) / 横町ミニ曳山(人形・武田信玄)
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