ミニ曳山合戦絵巻

角館のお祭りとキン肉マンの激闘を精巧に再現!!

1999・桜美町vs下岩瀬町

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1999年9月9日「角館のお祭り・曳山ぶつけ」 桜美町vs下岩瀬町の本番激突をミニ曳山で再現!!
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角館のお祭りにおいて2010年時点で、最も因縁深い対戦カードと言えば、おそらく「桜美町vs下岩瀬町」ではないだろうか。その対決は年々激しさが増しており、激突前のやり取りなども熱いものがある。昭和の時代はそんなに不仲では無かったと記憶しているが、平成以降では1996年・1999年・2005年・2008年と、急激に対決機会が増えている。その中でも個人的に一番好きな1999年の対決を再現したいと思う。自分の中では1999年の対決こそが、上記4つの中でベストバウトだと思っている。とても印象深く、忘れられない一戦であった。

1999年9月9日・お祭り最終日。夜22時すぎだったろうか。中町丁内を南進する2台の曳山があった。桜美町(手前側)と下岩瀬町(奥の方)である。このまま行けば、郵便局前で夜上がり(夕食)をしている横町の曳山と対峙するのだが、桜美町が若衆を前に集め何やら協議している。責任者(指揮官)が若衆に対し何か通達したようだ。鈴清商店の辺りだったろうか。間もなくして全員が立ち上がり、持ち場に着いて行動を起こすようである。

手前側・桜美町ミニ曳山(人形・八幡太郎義家) / 奥の方・下岩瀬町ミニ曳山(人形・悪源太義平)

前回対決「1996・桜美町vs下岩瀬町」の再現 http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/folder/1099875.html

観衆の注目が集まるなか桜美町は、先導の合図と共に曳山を転回(方向転換)させ、一回転し後ろの下岩瀬町の方を向いた。桜美町にとって下岩瀬町は3年前(1996年)に対決した相手だが、激突直前にハナ(曳山前方部)を上げられ、肩透かしを喰らい苦戦を強いられた。どうやら憎たらしい仇敵が後ろに来た事で、当時の借りを返すべく転回したようだ。一気に気勢が上がる桜美町。まだ下岩瀬町とは距離があるが、早くも後方に本番装備を取り付けている。桜美町は「道中囃子」を奏でていたが、次第にそのボルテージも高まって来た。

新ミニ曳山コメント掲示板DX(ファン登録者限定)→ http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/29083720.html

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「角館のお祭り」には18丁内が存在し、それぞれ曳山を繰り出しているが、最も捉えるのが困難と言われるのが下岩瀬町である。桜美町にとって下岩瀬町は、3年前の1996年に対決で正面からの激突を避けられ、肩透かしを喰らい大劣勢を強いられた仇敵だ。そんな下岩瀬町をついに捉えた桜美町。曳山のお囃子は“道中囃子”を奏でているが、次第にボルテージだけでなく、リズムとテンポも急加速!「スーパー道中」に昇華させ盛り上げている。後方に本番装備も装着し終え、最高のモチベーションの中、仇敵にリベンジすべく力強く前進する。

前回対決「1996・桜美町vs下岩瀬町」の再現 http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/folder/1099875.html

一方で奥の方に控える下岩瀬町は、通常テンポの“道中囃子”を奏でているが、なかなかその場から動かない。不気味な沈黙を保ったままである。その様子からは全く心理や思考が読めない。桜美町よりも歴史が古い旧丁内の一つだが、どこかビジュアル系の雰囲気が漂い、一部の他丁内の若衆は熱烈に惹かれているとも言われている。独特の哲学と概念を持ち、謎めいた部分も多い下岩瀬町。彼らに友好丁内は存在しない。前回の桜美町との一戦では、相手に恨みを買う戦法を取ってしまったが、何気に正攻法でやっても強い丁内である。

下岩瀬町はこの年の前年(1998年)に山根と岩瀬という巨頭コンビと、それぞれ正攻法で対決したが互角以上の戦いを展開し、世間をアッと驚かせた。体格に勝る山根や岩瀬の方が少し上になったが、途中で後退戦術を取った相手を果敢に追撃。「曳山を前に出す」という成果を上げ、一気に強豪丁内のステータスを確立させた。かつて王者として君臨していた岩瀬を屈服させた事のある桜美町だが、もし下岩瀬町が今回は正攻法で来たとしても、確実に勝てる保障など無い。特に下岩瀬町の突出した機動力は脅威である。

前方にいる曳山が転回(方向転換)し、自分達の方に向け前進して来た場合、一部丁内では機先を制すべく勢い良く曳山を前に出したりするが、下岩瀬町はそれを行なわない。桜美町をじらしているのか?対峙前から心理戦の様相だ。しばらく沈黙を保っていたが、目の前の桜美町と再戦を決意したのだろうか。ついに下岩瀬町の曳山が動いた!先導や責任者(指揮官)の合図の下、ゆっくりと前進する下岩瀬町。だがその時、前方にいた両丁内の若衆同士が接触したのか、小競り合いが起き、間もなくして大規模な喧嘩に発展した。

「何だ、この野郎!?」「やるのか、テメエ!?」罵声や怒号が飛び交い、激化する若衆同士の喧嘩。その間にも桜美町は、仇敵にプレッシャーを与える為か曳山を若干前進させる。両丁内の喧嘩は収まらず、終止の目途は全く立たない。桜美町から放たれる剥き出しの敵意を、下岩瀬町も感じ取ったのだろう。一歩も引かない構えだ。だが両丁内の交渉員のタスキを掛けた、中心メンバーが必死に止めに入ってる。特に桜美町の若者頭(NO.3的存在)の活躍が目立ち、次第に大規模な喧嘩も沈静化。間もなくして通行の優先権を巡る交渉が開始された。

下岩瀬町ミニ曳山(人形・悪源太義平) × 桜美町ミニ曳山(人形・八幡太郎義家)

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ようやく若衆同士による大規模な喧嘩も収まり、通行の優先権を巡る交渉が開始された桜美町と下岩瀬町。だがあまりに因縁深い両丁内の対決は規定路線。両者とも後方に本番装備を、各部位に横ロープを取り付けている。本番激突では曳山前方部を上げ正面から組み合う形式なので、曳山後方には重量を掛けるべくテコを付ける。下岩瀬町は連結式の3本の短いテコに、渡し板を敷き重しの砂袋を積んでいる。下岩瀬町は後ろ重心が顕著な曳山で、渡し板に砂袋を積んだ連結式テコに、数人がぶら下がっただけで簡単に前方部が浮き上がるのだ。

今回の対決、下岩瀬町は前回と違い正攻法で臨む構えのようだ。桜美町の方が一回り曳山が大きく、高く上がる可能性が高いが、速攻でその前に乗り上げてしまう腹積もりだろう。桜美町との開戦の瞬間を待つ下岩瀬町だが、後方に控える若衆の数が、時間と共に膨れ上がる。夜9時くらいになると、とんでもない人数に変貌していた。18丁内の曳山が存在し、それまで下岩瀬町の人数は平均的なものと認識していたが、それを根底から覆すような大人数である。その光景を見た瞬間、戦慄すら覚えた程だ。西部に次いで2番目に人数が多い桜美町が相手だが、この時の下岩瀬町はそれに匹敵するような大人数で、前回を上回る激戦になる事は確実であろう。

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桜美町と下岩瀬町による、通行の優先権を巡る交渉が行なわれているが、その間にも断続的に若衆同士の喧嘩は勃発する。いきり立つ一部の若衆を、責任者(指揮官)経験者らしき重鎮が、「やめれ!馬鹿!!」と一喝する場面も見られた。状態としては両曳山とも中町張番を見せ終え、中町丁内を賑やかしている曳山同士のようだ。しかし下岩瀬町は、転回(Uターン)し戻って来た形の桜美町に対し、「(目的を終え)自丁内に帰る曳山ではないのか?」と主張の矛盾点を指摘。目的を持った曳山である、自らの通行の優先権を主張する。

しかし桜美町は中町丁内の隅々まで曳山をお見せすべく、引き続き同丁内を賑やかしたい意向のようで、翻意する考えは無いようだ。それに対し下岩瀬町は中町丁内を賑やかした後、その向こうにある下中町にも曳山を見せに行く事を示唆。相手をけん制する。それを聞いた桜美町は「当初の主張と違っているのではないか?」と態度を硬化。いよいよ実力行使を決意。お囃子を道中囃子から神楽囃子に切り替えて、持ち場にいる大人数の若衆が一斉に気勢を上げる。それを受けた下岩瀬町も、お囃子を切り替え迎撃態勢を整える。

前回対決では虚を突いた相手の術中にはまり、不本意な戦いを強いられた桜美町。その憎き仇敵とのリベンジ戦を目前に迎え、若衆は喜びを隠せない。曳山前方にいる若衆のうち約10名くらいは、先導の鼓舞する笛音に合わせ万歳を連発し、開戦の直前まで乱舞しながら左右を往来する。待ち遠しく、そして楽しくて仕方ない模様だ。一方で下岩瀬町は前回と同じく、どこか冷静な印象を受ける。そして1時間近く続いた交渉が決裂。「出せ!!」最後通告を告げた交渉員が曳山に合図を送り、深夜24時すぎ桜美町と下岩瀬町の因縁の対決が幕を開けた。

桜美町ミニ曳山(人形・八幡太郎義家)

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9月9日深夜24時を回った頃、いよいよ桜美町(左側)と下岩瀬町(右側)の因縁の対決が始まった。3年前の前回対決では、正面からの激突に応じなかった下岩瀬町の策略にハマリ、煮え湯を飲まされた桜美町。そのリベンジを果たすべく怒涛の勢いで突撃する。「ドンッ!!」少し遅れて下岩瀬町も前に出るが、先に勢い良く踏み出していた桜美町が、下岩瀬町の曳山を若干ながら押し込んだろうか。「おぉ・・・」周りの観衆からどよめきの声が上がる。観衆には地元衆も含まれている。もちろんその激突の瞬間の迫力に魅入られた事もあると思うが、前回対決と異なり下岩瀬町が正面から受けて立った事への、驚きなども含まれていたと思われる。

前回対決「1996・桜美町vs下岩瀬町」の再現 http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/folder/1099875.html

なぜ下岩瀬町の戦い方が前回と異なるのか。本番激突の曳山ぶつけは、正面から前担木(ハナ/曳山前方部)を合わせてから、曳山を上げるのが通例であるが、それまでの規約が曖昧だった事もあり、(その年によっては)直前で曳山を上げて相手を迎え撃つ丁内も存在した。事実、1997年には桜美町も西部との再戦で、この戦法を使っている。しかしこれ以上の横行を危惧してか、1998年の責任者会議にて「曳山は前進するのが基本であり、曳山を立てて待っての激突を禁止する。必ず前担木を一度合わせてから、次の行動に移る事。」と、規約が改訂された。“必ず”という文言入ったり、表現も曖昧な部分が直されている。

これにより18丁内全ての曳山が正攻法で戦う事になった。ちなみに第二幕で少し触れたが、下岩瀬町は正攻法でも強い。元々は正攻法での戦いが多かった丁内で、1996年の桜美町戦はおそらく異例の事だろう。規約改訂後の1998年には、山根と岩瀬という巨頭コンビと対戦。正攻法で真っ向勝負し、それぞれ互角以上の戦いを展開している。今回は理想通り正面から相対し、対等の勝負になり桜美町は一安心であるが、地力がある相手なのでまだまだ油断できない。曳山が上がる前に、機動力に顕著な相手が前進して来る可能性がある。激突後、曳山を上げるべく持ち場の若衆が力を込める。先手を取るのは果たしてどちらか?

桜美町ミニ曳山(人形・八幡太郎義家) × 下岩瀬町ミニ曳山(人形・悪源太義平)

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