ミニ曳山合戦絵巻

角館のお祭りとキン肉マンの激闘を精巧に再現!!

1998・下岩瀬町vs山根

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1998年9月8日「角館のお祭り・曳山ぶつけ」 下岩瀬町vs山根の本番激突をミニ曳山で再現!!
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雷神vs巨人 第一幕

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1998年9月8日・角館のお祭り2日目。22時30分すぎ、役場前に3台の曳山が集結している。右側から山根を先頭に、岩瀬・北部と順に並んでいる。友好丁内よりも絆の深い“兄弟曳山”と呼ばれる関係で、通称「三兄弟」と呼ばれている。18時〜20時の間に役場前で、親睦を深めるべく観光用激突(引いてはぶつけるを繰り返す、観光客向けの余興的な曳山ぶつけ)を行ない、そのままこの付近に留まり、上記のような陣形を整えた。どうやら狙っている曳山が有るようである。彼らが向いている方向は内町(武家屋敷通り)で、例年であればこの時間帯は曳山がいない。この時間帯、内町にいる曳山はどこなのか?又、「三兄弟」は3対1の戦いに持ち込もうというのか?

北部ミニ曳山(人形・上杉謙信) / 岩瀬ミニ曳山(人形・酒呑童子) / 山根ミニ曳山(人形・武蔵坊弁慶)

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雷神vs巨人 第二幕

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役場前に山根・岩瀬・北部の「三兄弟」が集結し、一列になった陣形で内町(武家屋敷通り)を向いているが、その標的となっているのは下岩瀬町のようである。山根から見てまだその姿は見えない。かなり奥の方にいるようだ。23時すぎまで内町にいるのは極めて異例の事であるが、一部情報によると佐竹北家上覧後、車(丸太のタイヤ)か心棒(車輪)が壊れ、その修理に追われた為、この時間でも内町に居たとの噂だが、真相は定かではない。

下岩瀬町は謎が多く、ミステリアスな丁内だと思う。しかしこの年代から急激に力を付けて来ており、その機動力は脅威である。待ち伏せをしている山根とは80年代に抗争を繰り広げた。直近では5年前の1993年に対戦している。そしてこの年、お祭り2日目の佐竹北家上覧時で顔を合わせた際、通行の優先権を巡る交渉でかなり揉め、交差に時間が掛かったようだ。山根は昼間のその一件から、下岩瀬町と一戦交えようとしているのだろうか?

役場前で「三兄弟」が待ち構えるが、下岩瀬町はなかなか動かない。これは恐れているというより、敵の罠に易々と向かっていく愚行は犯さないのだろう。又、平成に入ってからは、一対一の勝負が主流であり、第三者が介入・援護射撃する展開は激減している。「所詮はハッタリで、時間が経てば後ろの2台は去るだろう」と踏んでいるようだ。じっくりと敵の動きを注視する下岩瀬町。神経戦を繰り広げつつ、山根との再戦に向け準備を進めている。

下岩瀬町ミニ曳山(人形・悪源太義平)

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雷神vs巨人 第三幕

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下岩瀬町をおびき寄せたい山根は、本番装備のテコを後方に装着した。この年代はまだ「スーパー天棒(極太のテコ)」は存在せず、シンプルに通常タイプのテコ3本という形式である。これは事実上の宣戦布告で、この情報は下岩瀬町にも届いただろう。しかし山根の後ろには“兄弟曳山”の岩瀬&北部が援護射撃の態勢を取っており、下岩瀬町は一向に誘いには乗って来ない。その姿は見えないままだ。「最悪のタイミングで出て行く馬鹿がどこにいる?」わざわざ1対3の戦いを受けて立つほど物好きではないらしい。逆にこの状況を逆手に取り、山根を焦らしているのか?時刻は間もなく24時になろうとしているが、膠着状態が続く。しかしついにその状況に変化が・・・?

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雷神vs巨人 第四幕

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ちょうど深夜24時を回る頃であろうか。山根(奥側)の後ろに尾け、援護射撃の構えを見せていた、“兄弟曳山”の岩瀬(手前側)が、転回(方向転換)し撤退を始めた。「おぉ・・・」どよめく観衆。おそらくこのままこの場にいても、山根が標的としている下岩瀬町は、状況不利と見て向かっては来ないだろう。そしてこの日はお祭り2日目。岩瀬はお祭り最終日の運行に備え、ここで延々と油を売っているよりも、早めに自丁内に帰りたかったと思われる。

又、それに先立ち(岩瀬の後ろにいた)北部も撤退している。岩瀬と山根の正責任者(指揮官)は同期生のようで、撤退の件は前もって伝わっているだろう。この年代まで山根と下岩瀬町の戦績は、前者の方が優勢だった感があり、そもそも援護射撃など必要無かった。たぶん後者へ対する牽制や威圧だったのだろう。「邪魔者は去った」岩瀬と北部の撤退を受け、いよいよ下岩瀬町が動き出す。颯爽と武家屋敷通りを南下し、見えなかったその姿が見えて来た。それに呼応し山根も曳山を前に出す。5年ぶりの対決に向けて、間もなく両曳山は対峙する。

岩瀬ミニ曳山(人形・酒呑童子)

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雷神vs巨人 第五幕

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全ては予定通りだったのか?後方にいた“兄弟曳山”の岩瀬と北部が去った後、下岩瀬町を迎え撃つべく前進した山根(左側)。全ては計算通りだったのか?単独になった山根を仕留めるべく前進する下岩瀬町(右側)。日付が変わり9月9日・0時20分頃、ついに両曳山は対峙した。場所は大野医院と熊谷外科の中間付近。一帯は内町(武家屋敷通り)で「佐竹北家」のお膝元の為、本番激突の曳山ぶつけはタブーとされている場所である。

しかし長い歴史の中で、ついにそのタブーも破られそうである。この通りは電柱と電柱の間に、お祭り用の提灯が吊るされてない為、町の中心部に比べどこか暗い印象を受ける。そのせいもあってか山根と下岩瀬町の間には、より殺伐とした雰囲気が漂う。しかしお祭り2日目で、唯一の本番激突の可能性のある場面とあって、観衆は黒山の人だかりで物凄い熱気だ。通行の優先権を巡る交渉に入る両曳山。観衆は固唾を飲んでその行方を見守る。

山根ミニ曳山(人形・武蔵坊弁慶) × 下岩瀬町ミニ曳山(人形・悪源太義平)

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