ミニ曳山合戦絵巻

角館のお祭りとキン肉マンの激闘を精巧に再現!!

1998・下岩瀬町vs岩瀬

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1998年9月9日「角館のお祭り・曳山ぶつけ」 下岩瀬町vs岩瀬の本番激突をミニ曳山で再現!!
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1998年9月9日・角館のお祭り3日目。21時を回る頃、前日に激闘を繰り広げた山根(奥側)と下岩瀬町(手前側)が、薬師参道である西勝楽町の通りで向き合っていた。運命のいたずらか?前日に一戦交えた相手と、翌日に顔を合わせるのは珍しい。周囲に再び緊張感が走るが、通行の優先権を巡る交渉の末、20分程度で交差した。薬師堂参拝を目指す下岩瀬町に対し、すでに参拝を終えていた山根が協力をし道を譲った形だ。どこか拍子抜けの感もあるが、山根は相手の薬師堂参拝を妨害し、強引に本番激突に持ち込む気は無かったらしい。前日の一件を度外視で、常道に習っての行動のようだ。又、下岩瀬町にしても乱暴な交渉は行なわなかった模様だ。

お祭り2日目・下岩瀬町vs山根の模様 → http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/folder/1198766.html

もしこの場所で2日連続で対決する事になると、両曳山にとって色々と不都合な事が出て来る。前後に他の曳山の存在があったのだ。山根の後ろには川原町がおり、下岩瀬町の後ろには岩瀬が追い付く。仮に本番激突になった場合、山根と下岩瀬町はそれぞれ、後方に憂いを抱えたまま戦う事になる。後ろからぶつけられる可能性があるだろう。特に岩瀬は山根の兄弟曳山であり、間違いなく援護射撃して来るはずだ。だが岩瀬も薬師堂参拝を目指しており、山根は兄弟曳山の目的を妨げるような事も出来ない。上記の事情・理由も絡み、山根と下岩瀬町はスムーズに交差したものと思われる。さて交差した両曳山の最終日の対戦相手だが、山根は岩瀬とも交差した後に転回(方向転換)。同じコースを辿って来た川原町を迎え撃った。そして下岩瀬町が戦うのは・・・?

山根ミニ曳山(人形・武蔵坊弁慶) / 下岩瀬町ミニ曳山(人形・悪源太義平)

新ミニ曳山コメント掲示板DX(ファン登録者限定)→ http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/29083720.html

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21時30分を回る頃、前日に戦った・山根と交差した下岩瀬町(手前側)は薬師堂に到達した。曳山の向きを90度矯正。この日の最大の目的であった参拝に入る下岩瀬町。曳山の上では踊り子達が、お囃子に合わせ手踊りを披露している。参拝を済ませお祓いも受けた若衆達は、地面に腰を据え作戦会議に入る。ちょうどその頃、後方に同じコースを辿って来た岩瀬の曳山(奥側)が見える。どうやら同じく山根と交差して来たようだ。岩瀬は山根と兄弟曳山。前日の山根と下岩瀬町の一戦では、山根へ援護射撃をする構えを見せていた。構えだけで撤退したが、下岩瀬町を敵視している事に間違いない。お祭り3日目“岩瀬”の地名が付いた両丁内の対決が実現か?

お祭り2日目・下岩瀬町vs山根の模様 → http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/folder/1198766.html

岩瀬ミニ曳山(人形・酒呑童子)
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下岩瀬町ミニ曳山(人形・悪源太義平)

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薬師堂参拝を終えた下岩瀬町(左奥)は、同じコースを辿って来た岩瀬(中央)の方へは向かず、北へ向きを変え七日町の通りへ進んで行く。どうやら岩瀬の薬師堂参拝は妨害しないようである。相手の参拝を妨害し無理やり戦いに持ち込む行為は、常道ではないと判断したのだろう。又、下岩瀬町は神明社参拝・薬師堂参拝の他にも、独自の崇高な目的があり、同じ道を行ったり来たりする事は、特殊な事情が無い限り行わない丁内である。

下岩瀬町が去った後、薬師堂前に到達した岩瀬。向きを90度矯正し、この日の最大の目的だった薬師堂参拝に入る。盟友・山根に並ぶような巨大な曳山で、薬師堂前を塞ぐと通り抜けが難しいほどだ。到達時刻は22時30分頃だろうか。参拝・夜上がり(夕食)・作戦会議で、長い時は2時間もここにいる年もあるが、今回は早めに1時間程度で切り上げたようだ。どうやら前日に盟友・山根と戦っている、下岩瀬町の後を追うようである。

お祭り2日目・下岩瀬町vs山根の模様 → http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/folder/1198766.html

一方で岩瀬の標的になった下岩瀬町だが、相手の思惑を読み取ったようで、追い付けるようゆっくりと北進している。どうやら下岩瀬町も一戦交える決意を固めた模様だ。おそらく両丁内の直接対決はこれまで無かったと思う。ただ前年(1997年)のお祭り初日、色々と揉めた経緯があり、特に岩瀬の方が根に持っていたようだ。やがて岩瀬が追い付き、(川原町と交差後)2台並んで横町西界隈に突入。果たしてどのような形で向き合うのか。

下岩瀬町ミニ曳山(人形・悪源太義平)
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岩瀬ミニ曳山(人形・酒呑童子)

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薬師堂参拝後、並んで七日町の通りを北上。横町西界隈に突入した下岩瀬町(左側)と岩瀬(右側)。他勢力の情勢を見ても、両曳山の対決は決まりであろう。先に下岩瀬町が横町西部張番(その丁内の関所のような存在)に曳山を見せ、続いて岩瀬も同張番に曳山を見せる。先に見せ終えていた下岩瀬町は横町橋たもとまで進み転回(方向転回)。十八番食堂前で迎撃体勢を整える。間もなく張番見せを終えた岩瀬が、西へ向きを90度矯正。下岩瀬町が待つ方に向け前進し、日付が変わった深夜0時30分前後に、両曳山は正面から向かい合った。

お祭り2日目・下岩瀬町vs山根の模様 → http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/folder/1198766.html

通行の優先権を巡る交渉に入る下岩瀬町と岩瀬。前者は横町西部丁内を賑やかしている曳山、もしくは自丁内へ帰る曳山だろうか。後者は横町西部丁内を賑やかしている曳山だろう。互いに道を譲る気は無く、後方に本番装備を取り付け始めている。下岩瀬町は前日に山根(岩瀬の兄弟曳山)と戦っている。お祭り最終日は岩瀬の登場で、「前門の山根・後門の岩瀬」といったところか。下岩瀬町にとっては巨頭コンビとの戦争である。岩瀬にとっては、盟友・山根の敵という事だけでなく、前年のお祭り初日に下岩瀬町とは揉めており、兼ねてより下岩瀬町は標的に入っていたようだ。“岩瀬”の地名が付いた丁内同士の、初対決の瞬間は刻々と近づいている。

下岩瀬町ミニ曳山(人形・悪源太義平) × 岩瀬ミニ曳山(人形・酒呑童子)

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前日に山根と激闘を繰り広げた下岩瀬町。お祭り最終日は、山根の兄弟曳山である岩瀬と相対した。非常に因縁めいた巡り合わせである。通行の優先権を巡る交渉が行われているが、互いに道を譲る気は無く決裂は必至。後方に本番装備を取り付ける下岩瀬町。ハナ(曳山前方部)を上げる為の物で、各丁内によって「テコ」「天棒」「羽振り」と呼び方が違うが、下岩瀬町は「装備」と呼んでいるようだ。連結式の3本のテコに渡し板を敷いている。

渡し板の部分に重しの砂袋を大量に積み、最小限の人数が棒の部分にぶら下がれば、でハナ(曳山前方部)が上がる。又、上がった後は簡単に沈まないメカニズムだ。テコなど本番装備は、相手を揺さぶる際に力を発揮するが、下岩瀬町のは短い上に間隙が無いので、重しとしての比重が高いようである。その分、前の方に人数を回せるメリットがあるかもしれない。目の前に立ちはだかる強大な相手に、どのような戦いを繰り広げるのだろうか。

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