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劣勢の状況から必死に反撃を試みるも、ことごとく封じられたり、撥ね返されるしまった岩瀬(右側)。次第に元気な無くなって来た。下岩瀬町(左側)がここまでやり難い相手だとは思わなかっただろう。またその力量も予想を上回る物だったに違いない。一方で磐石の下岩瀬町には余裕が出始めたようだ。次第に両曳山から若衆が離れ始め、開戦当初より人数が少なくなって来た。深夜4時を回り、淡々と時間が流れ始める。もはや終戦モードか? 想像できなかった光景が繰り広げられているが、実はその前兆があった。前日のお祭り2日目。岩瀬は兄弟曳山の北部と観光用激突(ぶつけては引くを繰り返す、観光客向けの曳山ぶつけ)を行なったが、途中で前進が止まるシーンが見られた。これは全盛期の岩瀬には考えられなかった事である。当時と曳山の大きさが違うが、昔の岩瀬は鳥肌が立つ程のスピードがあった。おそらくこの年の岩瀬は、30年の間で最も力が落ちていたように思う。 昭和時代の岩瀬は圧倒的な強さで頂点に君臨していた。平成に移った直後、桜美町との抗争に敗れ、一つの時代に幕が下りた。しかし桜美町は新造間もない新曳山で、岩瀬は新造前の旧型の曳山であった。岩瀬に不利な面があった。だが今回の下岩瀬町との戦いは、双方とも新造された曳山での対決だった。昭和より岩瀬は人数が減ったが、それでも下岩瀬町より多い。言い訳の出来ない戦いである。かつての王者・岩瀬、完全に陥落か・・・? 下岩瀬町ミニ曳山(人形・悪源太義平) × 岩瀬ミニ曳山(人形・酒呑童子) 新ミニ曳山コメント掲示板DX(ファン登録者限定)→ http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/29083720.html
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