ミニ曳山合戦絵巻

角館のお祭りとキン肉マンの激闘を精巧に再現!!

1998・菅沢vs桜美町

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1998年9月9日「角館のお祭り・曳山ぶつけ」 菅沢vs桜美町の本番激突をミニ曳山で再現!!
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白虎vs朱雀 第一幕

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1998年9月9日・角館のお祭り3日目。(前回シリーズで登場した)下岩瀬町と岩瀬が薬師参道にいる中、横町東界隈に菅沢(手前側)が入丁。旧タカヤナギ前にて曳山を止め、夜上がり(夕食)をしている。時間は20時頃であったろうか。ちなみにこの年は、菅沢にとって40周年という記念イヤーである。90年代は厳しい戦いが続いたが、前年に宿敵・山根と大激闘を展開。威厳を回復させ、意気揚々と40周年を迎えた。竹原町→イナクロ線→東部上新町を通過。途中、栄町に(20年ぶりの対決を目指す)横町が待ち構えていたが、完全にスルーして来た形だ。

すでに前日に栄町を通っていたらしく、同じ道は通りたくなかったのだろうか。それとも横町の事は眼中に無かったのか?はたまた敬遠をしているのか?真相は不明だが、菅沢は別の相手を探すようである。その菅沢の後方に東部(奥側)がやって来た。東部は1986年に菅沢から独立した曳山である。それまでは一緒だった。一応は?兄弟曳山であるものの、完全に冷え切った関係だろう。しかし一戦交える気は無く、東部は別の相手に標的を絞っているらしい。そして前に陣取る菅沢だが、数十メートル先にいる同列格の強豪を見据えているようである。

東部ミニ曳山(人形・平敦盛) / 菅沢ミニ曳山(人形・平知盛)

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白虎vs朱雀 第二幕

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旧タカヤナギ前で菅沢が夜上がり(夕食)をしている中、その数十メートル先・横町十字路には桜美町(手前側)の曳山が見える。おそらくこちらも夜上がりをしながら、他曳山の情勢を伺っているのだろう。当然、菅沢の動きを注視しているはずである。十字路にハナ(曳山前方部)を出し、大人数の若衆が陣取り、酒を酌み交わしている。若干記憶が定かではないが、確か桜美町の後方には北部(奥側)がいたはずである。下岩瀬町や岩瀬より先に、薬師堂参拝を済ませ転回。北上し横町西界隈に入り、観光タクシーの辺りまで来ていた気がする。

それまで桜美町と北部は何度か対決しているが、桜美町は転回(方向転換)をし北部と一戦交える気はないようだ。少しでも街の中心部まで、曳山を進めたい思惑らしい。横町十字路を右折した場合、七日町の後ろになってしまう。左折しても武家屋敷通りには、曳山は一台もいない。こうなると前進あるのみだ。その先には菅沢がいる。そして21時半すぎだろうか。菅沢が花場印刷付近へと姿を現す。そして桜美町のいる側へ向きを変えた。「若衆、立て!前だ!!」幹部から号令が下り、一斉に立ち上がる桜美町の若衆。対決の気運が高まって来た。

桜美町ミニ曳山(人形・八幡太郎義家) / 北部ミニ曳山(人形・上杉謙信)

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白虎vs朱雀 第三幕

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惹かれ合うように距離を縮めて行く桜美町(奥側)と菅沢(手前側)。互いに相手の思惑を読み取り、余計な駆け引きや小細工などせず、自然の流れの中で対峙。正々堂々と一戦交えるつもりなのだろう。先に菅沢が横町東部張番前に辿り着き、曳山の向きを90度矯正。張番見せを敢行する。曳山の上では踊り子達が、お囃子に合わせ手踊りを披露。曳山の下では若衆達が、手拍子で盛り上げる。少し離れた場所で、それを見つめる桜美町。

もしこのまま本番激突となれば、1991年以来7年ぶり2度目の対決となる。それ以前に一方が後ろからぶつけた事があるらしい。強豪同士の組み合わせとあって、観衆も次第に膨れ上がって行く。両丁内の若衆達も、開戦の瞬間が待ち遠しいようである。40周年を迎えた菅沢にとって、相応しい相手が登場した訳だが、双方で表情が冴えないベテラン世代(40代〜50代くらい)が見られる。どうも乗り気でないようだ。対戦回数の少なさといい、何か特殊な事情があるらしい。菅沢と桜美町は一体どのような関係なのだろうか。両丁内に秘められた過去とは・・・?

桜美町ミニ曳山(人形・八幡太郎義家) / 菅沢ミニ曳山(人形・平知盛)

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白虎vs朱雀 第四幕

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横町東部張番へ曳山を見せ終えた菅沢(右側)は、曳山の向きを西へ変え、予想通り桜美町(左側)がいる方へ向いた。それに呼応し桜美町も前進。ゆっくりと距離を縮め22時30分頃、五井酒店前で両曳山は対峙した。間もなくして、通行の優先権を巡る交渉に入る桜美町と菅沢。桜美町は張番へ見せに行くのが目的か?この状況からしてまず交差は無く、7年ぶり2度目の対決は決定的であろう。共に後方では本番装備を取り付け始めている。強豪同士の組み合わせとあってか注目度も高く、周囲は観衆であっという間に黒山の人だかりになった。

意外に対戦回数が少ない桜美町と菅沢。強豪同士ではあるが、ライバル関係という訳でもないようだ。高揚感で笑顔の若衆が多い中、複雑そうな表情をしているベテラン世代がいる。どうやらこの両丁内、かつては友好丁内であったらしい。桜美町といえば横町と、菅沢といえば駅前と結び付きが強いが、密かに桜美町と菅沢にも絆があったのだ。この1998年の時点で菅沢は40周年。桜美町は28年目であるが、誕生初年度(昭和46年)に菅沢より古い曳山を譲り受け、この年よりお祭りに参加している。桜美町にとって菅沢は思い入れのある存在だろう。

昭和50年前後の菅沢は全盛期であり、“王者”岩瀬と覇権争いの真っ最中で、凄まじいまでの抗争を繰り広げていた。唯一対抗できる存在だっただろう。その岩瀬に(兄弟曳山の)山根が加勢すると、桜美町は菅沢の援軍へと向かったという。まさに岩瀬&山根vs菅沢&桜美町のタッグマッチの様相である。まさに蜜月の関係だった菅沢と桜美町であったが、時代の流れと共に関係が希薄化する。菅沢と岩瀬の抗争が一段落し、共闘機会が減った事が理由の一つか。又、本番激突も一対一が主流になって来た事も、影響しているのかもしれない。

そして疎遠になっていた1986年(昭和61年)お祭り最終日。西勝楽町と対決していた桜美町を、(交渉のもつれから)菅沢が後ろからぶつけた事により、両丁内の友好関係は完全に断絶した。当時としては衝撃的な事だったと思う。それから5年後の1991年(平成3年)には、共に新造した曳山で初対決に至っている。それからまた年月が経って、再び両曳山が対峙をしているが、この五井酒店前は1986年の一件があった因縁の地なのだ。又、節目の40周年記念を迎えた菅沢の前に、かつての友好丁内・桜美町が立ちはだかっているのも因縁めいている。

桜美町ミニ曳山(人形・八幡太郎義家) × 菅沢ミニ曳山(人形・平知盛)

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白虎vs朱雀 第五幕

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前方では通行の優先権を巡る交渉が始まっているが、双方とも道を譲る気は無いようだ。元友好丁内・菅沢との対決に向け、後方に本番装備を取り付ける桜美町。紅白仕様で連結した3本のテコである。伝統的に純粋に3本のテコであったが、前年よりこの形式になった。機能性は賛否両論あるようだが、非常に華やかな印象を受ける。

後方に控えるのは主に若年層の若衆達である。対峙している菅沢とは以前まで友好丁内であった事など、知る由もないであろう。だが7年前の前回対決の事については、憶えているかもしれない。しかし前回対決は(様々な事情が絡み)短時間で終結している。不完全燃焼だったのではないか。今回は心ゆくまで戦いたい所だろう。

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